のんき者の苦悩

2026年第1日目、7時40分に深い眠りから自然に目覚めて、むくりと身体を起こした。
目覚まし時計が鳴り響かせるけたたましいアラームに叩き起こされない朝の目覚めは、すこぶる気持ちがいい。
そして、トイレに行って用を足し、目覚めの煙草を1本味わい、ポットの湯を沸かして、コーヒーを淹れると、朝食の用意をうっちゃらかしたまま、ドストエフスキーの『悪霊』を読みふける。
今日は一日中、読書をすることに決めていた。
3週間も掃除をしていないせいで、部屋の中は混沌といった有様だ。
床は埃にまみれ、上着やら鞄やら、買ったままほったらかしにしてある数々の本やらで、まるで足の踏み場のないし、シンクは洗っていない食器や、レトルトカレーの袋や、インスタントコーヒーのガラや、ヤクルトY1000のプラスチック容器といったゴミが積み重なり、家に3つあるゴミ箱は、どれもこれもティッシュ1枚も入れる隙のないほどゴミで溢れかえり、冷蔵庫の中は空っぽで腹の足しになる物は何もないし、洗濯機は汚れた服を放り込まれたまま洗面台の横に鎮座している。
だが、もはやそんなことに頓着している心の余裕がなかった。
これ以上先延ばしにしている場合ではない。
他の何よりも勝って優先してなさねばならない1つの渇望があるとして、今、まさにこの時に、それを達成する機会が眼前を通り過ぎようとしているのであれば、第2、第3の欲求には脇目も振らず、なりふり構わず、全力で掴みにかからねばならない。
喉がからからになるほどひどく渇き、背と腹の皮がくっつくほどの飢えに苦しみ喘いでいる時に、どこの誰が部屋の掃除やゴミの処分にかかずらうというのだろうか。
家事掃除洗濯買い物などは、どうでもいい。
家事全般以上に、僕は後回しにしてきたこと、そうせざるを得なかったことがあるのだ。
それがつまり本を読むことでもあり、過去を書くことでもあった。
2025年になってから、いやそれ以前から僕は西洋哲学とインドネシア語とランニングの間を行ったり来たりして、てんてこ舞いになっていた。
大学の哲学科の講義さながら、ZOOMを通して西洋哲学の大著を丹念に精読していく講義を行っている「哲学塾カント」に申し込んだのは、2024年9月の頃である。
始めた当初はたった3科目だけ受けていたのが、だんだん理解が増して面白くなるにつれて科目数も比例して増加し、2025年の秋には受講する講義の科目は7科目計8コマを数えるほどになっていた。
これほどの数になると、週末の休日に講義が予定されないことのほうが稀で、土曜日と日曜日になれば何かしらの講義を自宅で受けることとになる。
僕のような在野の初学者にとって、哲学書というのは読むのは難解である。
というよりも、東洋のはずれに住んでいる日本人からすれば、反対の極に位置する西洋の哲学者が問題にしているそのこと自体が、なかなか汲み取れないのだ
単純に使われいる述語の難しさもさることながら、そうした文化的な差異がますます日本人からして、理解を困難にしている一因となっているようである。
だから、始めの頃は、「この私」という自我の問題が、哲学的な問題として俎上に載せられたのは実存主義以降で、それまでは自分と他人の区別のない普遍的な意識しかなかったと言われても分からなかった。
また、具体的で個別的な物、例えば目の前にあるパソコンやコップやペンではなく、「パソコン」や「コップ」や「ペン」という言葉のほうが真の実在であると教授されても、あまりにも僕らの日常感覚とは逆転しているがために、目を白黒させるほかなかった。
これが通常の対面授業であれば、一度きりの講義ではすんなり理解することができず、それがために自分の理解能力の無さに失望して、塾を去って行ったかもしれない。
だが、幸いなことに、「哲学塾カント」では講義を受講したその翌日に、その講義の録画のアーカイブを送付してくれるのだ。
視聴期限は30日間あり、それまでは何度も繰り返し視聴できる。
そのため僕はどの講義を受けても、最低1回はアーカイブを視聴して、復習するようにした。
なので、1年と半年以上も続けてこられたのも、今日に至るまで意気が阻喪していないのも、先生の教授法の易しいことや質問の機会に恵まれていることもさることながら、なによりもこのアーカイブ機能のおかげである。
と同時に、このアーカイブこそが、今日のようなあり方で僕の生活を圧迫せしめている一因となっている。
先ほども言ったように、1カ月に計7科目8コマを受けている。
1コマ100分の形式なので、1カ月に講義に費やす時間は800分。
言い直せば、800分÷60分(=1時間)で約13時間である。
さらに、復習のために、8コマ分の講義のアーカイブを1回は見返すのだから、13時間×2で26時間となる。
つまり、1カ月に26時間を西洋哲学の講義の動画に時間を使っているのだ。
もちろん、「学びて思わざれば則ち罔し」で、アーカイブを見直すだけじゃ物足りないから、改めて独力で習った箇所を読み返す。
だけでなく、予習のためにさらに数ページ先まで進んで、読み進めることもある。
無論、新聞や小説を読むようにさらりと読むわけにはいかない。
同じ文章を自分なりに会得するまで、繰り返し読む。
というわけで、そうした読解にも相当の時間をかけている。
もし僕が学生であれば、ふんだんに時間が有り余っているはずだから、その全てを注ぎ込んで、ことに当たれたはずであろう。
だが、悲しいかな、今の僕は勤労者の身の上に成り下がっている。
通勤時間を含めると、平日の1日あたりの拘束時間は残業が無い時でも11時間である。
そこからさらに8時間の睡眠を取るとしたら、残された時間は5時間あまりだ。
それに加えて、家事全般をこなさなくてはならないのだから、平日の間に、やっと自分のやりたいことに使える時間は、2時間あればいい方である。
しかし、時間の問題も、哲学塾カントだけのことであれば、全く問題とはならない。
むしろ、余裕があるくらいだ。
他にもインドネシア語の学習やランニングなど、やりたいことがまだあるから、現在のように手の施しようのない状況に陥っているのだ。
インドネシア語は2023年、初の海外旅行まであと数ヶ月という時期に始めた。
こつこつ勉強し続けた末に、2024年にインドネシア語検定のE級とD級を受験して、なんとか合格した。
だが、2025年に受けたC級は合格ラインより4点少なかったために、不合格となった。
もし今まで哲学塾カントに費やしてきた時間をそっくりそのままインドネシア語の勉強に充てたら、絶対に合格を勝ち取っていたことだろう。
これまで嬉々として哲学塾カントの講義を受講していた僕も、さすがにこのときばかりは、在野の初学者のくせに、哲学にかまけていている我が身を恨まずにはれなかった。
さらにその背後に控えているのは、ランニングや筋トレといった、肉体の鍛錬である。
脂っ気の多い食生活や運動不足の生活習慣を続けていた末に、2023年から2024年へと年が改まった頃には、腹部にはでっぷりと贅肉がつき、メジャーで腰囲を計ってみると、約95cmと誰がどう見てもごまかしようのない醜悪なるメタボ体型へと変貌を遂げていた。
この現実を目の当たりにした時の、僕の衝撃たるや惨憺たるものであった。
高校生の時は、放課後は部活で1時間以上もランニングをするのに飽き足らず、部活の練習がない土曜日も日曜日も急坂が連続する地元の田舎道を走り込んでいた。
その甲斐があって、約10kmを走破する校内マラソンでは、1年生の時は18位、2年生の時は9位でゴールすることができたし、国体近畿予選の縦走部門(現在は廃止)では、登山部の大会にもかかわらず、陸上部の選手を出場させた兵庫県に5分の差を付けて、堂々1着の記録を残した(残念ながら、各府県から2人1組を選抜し、その総合評価で本選への出場が決まるというルールのため、僕の相方の順位が低かった奈良県は本選への出場は認められなかった)。
このように、10代の頃に積み上げてきた実績に裏付けされて、体力には相当自信を持っていたし、仮に人から鼻持ちならないと思われるほどしつこく己が体力を自慢しても、有無を言わせないと確信していた。
ましては、この僕が太るなんてことは万が一にもあり得ないことだと思っていたし、あってはならないことであった。
その僕がとうとうメタボになってしまうとは!
日頃は面倒くさがりな僕も、いよいよ追い詰められたとなったら、むくりと重い腰を上げて動き出すことがたびたびある。
そして、己が肥満を認めたこの時期が、まさにそうでった。
折しも、派遣先の工場は前代未聞の不祥事をやらかしたために、国の許しを得るまで、休業の措置を取らざるを得なくなった状況にあった。
そのため僕は労働の責務から一時的に解放され、一日24時間を1秒たりとも取りこぼすことなく自分のものにすることができる希有な境遇にあった。
工場の稼働が再開すれば、ダイエットに時間を割く余裕はない。
もしいつかダイエットに打ち込まねばならないとするならば、今がまさにそのときである。
そうして、僕はこの休業期間を利用して、ランニングに打ち込む日々を重ねた。
1日目は、1kmくらいまで走ったところで、息が上がるわ膝は痛いわで、とてもじゃないけどこれ以上は走れなくなり、あの頃自分自身に自信と光輝をもたらしてくれたものが、今や見る影もないほど乏しくなっていることに慄然とさせられたものである。
しかしながら、2日に1回のペースで走り続けて、1カ月が経過した頃には、急坂含めた16kmの距離を難なく走り、かつての実力の片鱗をうかがわせるくらいには取り戻した。
さらにこのランニングの習慣は、工場の稼働が再開されてからも続けられた。
当時は自宅周辺のバス乗り場から工場までの片道14kmの距離を、派遣会社のバスに乗って通勤していた。
まだ肉付きが豊かであった頃は、ランニングをしようにも、バスで帰路に就き、自宅に帰ってから、ようやくジャージに着替えて、走り出さねばならないのだが、バスのスケジュールと乗車時間の塩梅で、残業がない日でも自宅に着くのが、日勤の場合だと18時45分。
その時間にジャージに着替えて、気合いを入れ直して、走り出すというのは、いかんせん億劫であり、仕事の疲労も相まって、ランニングの大切さには重々承知していても、身体がなかなか動かない。
そういった事情で、長らく好きなランニングを生活習慣に組み込むことが難しかった。
しかし、休業期間で体力に自信がついた僕は、ある奇策に打って出ることにした。
つまり、自宅へ帰る時だけ、工場から家まで走るのだ。
往路は普段通りにバスに乗る。
そして、復路は自分の足で14km先の自宅まで帰るのだ。
仕事が終わって、工場の敷地を出ると、すぐに隣の社員寮の大浴場の脱衣所に向かう。
そこで仕事着を脱ぎ、リュックに入れておいたジャージとランニングシューズを取り出して、ランニングをする格好に着替える。
用意が整えば、すぐさま自宅へ向かって走り出すのだ。
この運動は、日勤夜勤問わず、月曜日と水曜日と金曜日に行われた。
それだけでなく、脂っこい食べ物を控えるために、外食もやめ、食べ物を買う時は食品表示をじっくり読み、脂質が100gあたり5g以下しか含まれていないような食べ物しか口に入れなかった。
自然、食生活からインドカレーハンバーガーや餃子は消え失せ、卵がけご飯やそばや豆腐やプロテインがそれらに取って代わった。
雨の日も、風の日も、夏の猛暑の日も、冬の極寒の日も、走り込んだ。
その甲斐があって、2024年4月には89.4cmあった腹囲が、2024年10月には76.6cmになり、見事にメタボ体型から脱することができた。
一度メタボの沼に引きずり込まれたら、再び地上に浮かび上がって新鮮な空気を吸い込むことは至難の業である。
多くの場合、そのまま泥中深く沈んでいき、かつての精悍な姿を取り戻して地上に現すことは二度となく、沼の底の底で肥満地獄を何遍も経巡りすることとなる。
そういう意味では、僕は数少ない生き残りと称せられよう。
しかし、そのランニングの習慣も2025年2月には中断を余儀なくなされた。
通勤手段を派遣会社の送迎バスから、新車のスーパーカブに切り替えたからである。
帰路の送迎バスは、1時間に1本しか運行されない。
定時の17時10分に工場の外へ吐き出されたとしても、僕はさらに18時5分の乗車時間まで、バス停で待たなければならない。
このバスが来るまでの無聊をかこつ時間が、いよいよ我慢ならなくなったのである。
折も折、あの頃はMさんの給料の4分の1が天引きされて、毎月僕の口座に振り込まれていた最中であったので、ある程度まとまった金額の貯金があった。
そこで、僕を勇を鼓して、新車のスーパーカブ110を購入した次第である。
スーパーカブのおかげで、バス停で無為に過ごす必要がなくなり、拘束時間は1時間減らすことができた。
だが、その代償として、僕はランニングの習慣に変更を加えざるをえなかった。
スーパーカブを購入する前は、退勤時間がそのままランニングの時間となっていたのだが、購入後、両者は明確に分け距てられた。
家に帰ってくる時間はスーパーカブのおかげで早くなったものの、数年前の葛藤に再び苦しめられることには変わりはない。
もはや退勤とランニングを一度にこなす一石二鳥ともいうべき奇策は、スーパーカブという移動手段を前にしては、封印せざるをえなかった。
しばらく頑張って週に3日のペースは欠かさなかったが、もはや14kmという長大な距離は叶うべくものではなくなり、自宅近辺にあるサイクリングロードの往復10km弱へと短くなった。
さらに、帰宅後に仕事の疲れが頭をもたげてくる時は、自らあてがった週に3日のペースも守れなくなり、週に2日、または週に1回へとペースが少なくなることも珍しくない。
工場から直接走っていた時は、自分の足以外に帰る手段がなかったのだから、疲れていようが眠たかろうが、無理矢理気持ちを奮い立たせて、走りだすしかなかった。
しかし、ランニングの前に休息の場で落ち着いてしまうと、勇気を奮い起こす気力さえ湧かなくなる。
そのままシャワーにかかって、寝入ってしまいたい誘惑に駆られ、そしてしばしばその誘惑に負けてしまった。
そして、なによりも痩躯を取り戻した今となっては、かつて以上の動機づけが見当たらない。
そうなると、自然、自分の生活に組み込まれたその他の大切なことに、意識と時間が振り分けられ、ランニングはおざなりになりがちである。
とはいうものの、全く走らない生活に逆戻りしてしまえば、リバウンドの可能性も高まるということなので、やはりどうにかして忙しない生活のどこかに、ランニングの時間をねじ込まなければならない。
このように長い長い経緯を辿って、やりたいことが抱えきれないくらいに増えすぎた末に、とうとう「時間管理」という文字が頭をもたげてくるようになった。
本来、何をするにしても計画を立てたり、時間通りに行動したりせず、気の向くままにやったりやらなかったりするのが、僕の流儀であった。
そのやり方は僕の性に合っているが故に快適であったが、当然ながら、多くの無駄があり、効率に欠いていた。
しかし、京都でフリーターとなってふらふらしていた頃は、やるべきことがなかったが故に、時間に齷齪する必要は皆無であった。
読みたい本は読みたい時に読み、飽きたら飽きた時に本を閉じる。
書きたいものは翌日に持ち越さず、多少寝不足になっても、一気呵成に書いて、ブログに投稿する。
何にもすることがなかったら、哲学の道大文字山を当てもなく歩く。
だが、工場の仕事で給料の代償として自分の時間と、生気を捧げなければならない身の上に成り下がった今となっては、もはや何でもかんでもやり遂げるというわけにはいかなくなった。
「二兎を追う者は一兎をも得ず」とことわざにある。
哲学書の読解にせよ、外国語にせよ、ランニングにせよ、それなりのところまで極めようとすれば、断腸の思いで1つに絞って、精魂を傾けるしかない。
そうは分かっていても、諦めきれず、やりたいこと全てを抱え込もうとする。
そうであるならば、やることの優先順位をつけ、無駄な時間を徹底的に削ぎ落とすしかない。
そうして、自分の時間の使い道を洗い出し、何を優先すべきで何を優先すべきでないかを峻別した結果、真っ先にスマホやパソコン、特にネットサーフィンやSNSの使用する時間をプライベートから締め出さねばならないと決意した。
いかにも文学青年然としている僕であっても、多分の例に漏れず、SNSとは無縁ではなかった。
X(旧Twitter)には15年前には登録しているし、学生時代はニコニコ動画、ここ数年はYoutubeに耽溺していた。
少しの間の暇つぶし、ちょっとした隙間時間を埋め合わせするために、手元の端末から利用できるXやYoutubeは、非常に便利であった。
しかし、XやYoutubeに代表される各SNSのアプリを開いた時は、たんなる数分の暇つぶしのつもりだったのに、気づいた時には2時間3時間も経っているという失態が往々にしてある。
ひどい時はXだけで休日の半分を過ごしたり、飯を食うのも忘れて徹夜でYoutubeに入り浸ったりすることもあった。
そして、祭りのどんちゃん騒ぎともいうべきSNSから、ようやく現実の生活に戻る時、これらに消費した時間でできたことを思い起こして、陰鬱な気分と、ひどい後悔に襲われるのだ。
休業期間というまたとない貴重な4カ月を食い潰したのも、まさにSNSであった。
そのくせ、僕はあの時何を見ていたのか、今となってはさっぱり思い出せないのだ。
まさに何のためにもならず、時間をドブに捨てたのも同然であった。
もし今仮に、起きればベッドの中でごろごろしながら、スマホでXやYoutubeを見入っていたあの頃の自分と対面できるのならば、「馬鹿な真似はよさんか!」と怒鳴って、懸垂と腕立てで鍛えた上半身を思い切り振りかぶって、固めた拳をその顔面に食らわせてやりたい。
そんなふうに、どうしようもない悪癖が僕の心中にこびりついてしまっている現実を前にして、どうにかしなければならないという焦燥感に駆られたことは、これまでのところ一度や二度のことではない。
後悔と反省が極度に達した時には、救いと方策を探求すべく、本屋に駆け込んでは、スマホ依存症やデジタル・デトックスの本を買って、逐一読んでみた。
その読書歴を辿れば、約10年前に買った岡田尊司『インターネット・ゲーム依存症』に始まり、続いて、コロナ禍に突入してからは、アンデシュ・ハンセン『スマホ脳』、アンナ・レンブケ『ドーパミン中毒』、キャサリン・プライス『スマホ断ち』、川島隆太スマホが学力を破壊する』、川島隆太スマホ依存が脳を傷つける』、川島隆太『本を読むだけで脳は若返る』と渉猟を続け、ヨハン・ハリ『奪われた集中力』で終わる。
長時間にわたる無意味なSNSの使用にうんざりするたびに、関連書籍を買い求め、そこに書き記された論考やデータを一語一句舐めるように読み、読了すれば気持ちを新たにして、スマホを身辺から引き剥がしてきた。
しかし、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」とはよく言ったもので、読書から得られた効果は長続きせず、3日ほどすればSNSに苦しめられた記憶は薄れ、何かの拍子にアプリを開けば、また元の失態を演ずる。
そうして、再び後悔の念に落ち込み、脱スマホ依存の本を読んで、スマホのもたらす悪影響を再確認して心機一転、気持ちを新たにして、脱スマホ・脱SNSの新生活を志すのだが、日を待たずして転んでしまうのだ。
『インターネット・ゲーム依存症』を買ってから約10年間、ずっと僕はスマホやSNSを相手に相撲を取ってきたのだ。
スマホ・SNSの巨体に正面から挑み、転がされては起き上がり、押し出されてはまた土俵にはい上がる、そうした勝ち目の薄い取組を何度も何度も続けてきたのだ。
その取組において、ずっと自分の意志の力に敗因があると思っていた。
自分の意志が弱いから負けるのだ、よりいっそう強くなれば勝てるのだとばかり思い込んでいた。
だが、それは単なる先入見に過ぎなかった。
スマホ・SNS依存から抜け出す方法、先回りしてその結論を手短に述べると、「外圧」しかない。
もはやテック企業のもたらしたアルゴリズムは、一個人の意志力でどうこうできるものではない。
あれは僕らの持つ意志力や理性(ここでは衝動を抑制する力ぐらいに解釈してほしい)をはるかに凌ぐ。
僕は専門家ではないので、くどくど言わない。
門外漢の僕が下手に述べても、読者にいらぬ誤解を与えるばかりである(どうしてそうなるのかその詳細を知りたい方は、川島隆太スマホ依存が脳を傷つける』、ヨハン・ハリ『奪われた集中力』第6章と第7章および第8章を参照されたい)。
僕の場合、その「外圧」というのは、まさに哲学塾カントの講義であり、インドネシア語であり、ランニングであり、これら3つの混ぜ合わせであった。
特に哲学塾カントは、ぬるま湯に浸かっているようなスマホと僕との腐れ縁を一気に断ち切るような破壊力を持った、まさに「黒船」であった。
講義を受ける。
アーカイブを視聴する。
学んだ範囲を読み返す。
職場で単純作業をしながらじっくり考える。
必要とあれば、参考になる解説書を買い求める。
こうしたルーチンがいつしか私生活の大半を占めるようになり、とてもじゃないけど、緊張の糸を緩めてスマホにうつつを抜かす時間が無くなったのだ。
また、哲学書にせよ小説にせよ、読書というのは集中力を要する営みだ。
他のことを気にかけず、まさに「眼光紙背に徹す」という姿勢で、本と向き合っていかねばならない。
それなのに、どうして集中力や思考力の低下をもたらすスマホにかかずらっていられようか。
時間を搾取し、脳機能を弱化させるスマホは、まさに読書の敵なのだ。
無論、昔の時分にも、スマホに溺れていたと同時に、本もそれなりに読んでいた。
しかし、今となっては読書が単に自己の内で完結するものではなく、自分が理解しておればそれでいいというわけではない。
ZOOMを用いた講義の中で質疑応答という形で、哲学書の一文一文の解釈や理解を求められるのだから、読む時の緊張感は段違いなのだ。
先生は、僕の解釈が間違っておれば、「ちがいます」とはっきり指摘し、合っていれば「いいですね」とはっきり認めてくれる。
考え抜かれていない、いい加減な解答は容赦しないので、自然と自宅での予習復習に身が入る。
今では「FREEDOM」というアプリでスマホとパソコンに対して、Youtubeまとめサイトなど、生活にいらないアプリやサイトにアクセスできないようブロックしている。
また、スマホの画面はモノクロにした上で、手元にではなく別室に保管している。
スマホを使う時は、天気予報や目的地までの経路を調べたり、家計簿を付けたり、支出の報告のために、Xを毎週日曜日に15分だけ使用するときだけだ。
このように徹底的にスマホやSNSを我が身から引き剥がしてから、はや3カ月であるが、そのために生活に支障を感じたことは一度も無い。
それよりか、インターネットやSNSに溺れていた以前より、読書する集中力が何時間も続くようになったので、むしろありがたく思っている。
スマホ依存の脱却を目的に「哲学塾カント」を受講したのではないので、これは思わぬ副産物であった。
以上のように、時間の無駄を徹底的に削ってもなお、依然として時間に不足しているのは白日である。
今の僕には、読書三昧、そして「執筆三昧」の時間を過ごせるのは、もはやGWと夏と冬の長期休暇しかない。
それ以外の僕は、命じられたままに動くロボットに過ぎない。
2025年を振り返ると、講義のテキストにかまけすぎた結果、文学作品にほとんど手を付けられなかった。
たしかに冬期休暇のおかげで、2日間かけて木田元現象学』を読了することができたものの、春に読み始めたドストエフスキー『悪霊』はいまだに読破していない。
そして、この作品をこの冬期休暇の間に読んでしまおうと、かねてから心に決めていた。
この長大な物語に、ケリをつけるのだ。
しかし、そんなこととは露知らず、いろんな約束があって、僕の企てに水を差す。
インドネシア人の技能実習生白川郷へ旅行に行き、大学時代の知り合いと麻雀をし、前のバイト先の知り合いと久闊を除する。
僕の誘いに乗ってくれること、僕を誘ってくれること、そのことは大変ありがたいことに違いないし、実際に楽しかった。
しかし、その心の奥底で、もはや目をそらすことのできないほどの強烈な渇望が、唸りを上げて牙を剥き出し、今にも僕に向かって飛びかからんとするさまを、否が応でも意識する。
僕の心に巣くうこうした相反する2つの側面が互いに引っ張り合い、いずれ僕を真っ二つに引き裂くことだろう。
僕は人でなしにちがいない。
僕はおかしくなったのだ。
いずれにせよ、正月元旦の僕は、心置きなく読書三昧に明け暮れることしか頭になかった。
読み始めて1時間後にようやく空腹に堪えかねて、レンジで米飯パックを温め、その上にレトルトカレーをぶっかけて、もそもそ食べる。
レトルトカレーは1食100円くらいの安いやつである。
最近はこればかり食べている。
けれども、飽きたことがない。
さらに2時間、読書に没頭。
心地よい集中力がほつりほつりと途切れた感じを味わったところで、気分転換に普段はこのために時間を作らない映画を鑑賞することにする。
タイトルは『PERFECT DAYS』。
アマゾンプライムビデオで配信していた。
役所広司が演じる男は、東京都内の公衆トイレの清掃員を生業としている。
そして、木造アパートにたった1人で暮らしている。
映画の大半は彼の日々の生活のありさまが描かれている。
朝目覚めれば、歯磨きをし、ひげを整える。
観葉植物であろう幾本の苗木に、霧吹きで水をやった後、作業着に着替え、棚に置かれた携帯(ガラケー)や自動車の鍵、小銭を手に取った後、玄関の戸を開ける。
その時、彼は空を見上げることを忘れない。
そして、微笑みをもらしたあと、近くの自動販売機で朝食代わりのカフェオレを買う。
木造アパートの敷地内に停めてある軽ワゴンに乗り込めば、グイッとカフェオレを飲み干して、エンジンをかける。
そうして、ダッシュボードから何本かの洋楽のカセットテープを取り出して、今日の気分に見合った1本を選んで、車載レコーダーにセットする。
そうして彼は担当の公衆トイレに向かうのだ。
彼の仕事ぶりは無駄がなく、よく工夫されている。
軽ワゴンの中には彼特製の清掃用具が、お手製の棚で整理整頓されているし、便器を磨き上げる手さばきもテキパキしている。
この仕事の歴の長さをうかがわせる仕事ぶりである。
とある公園の公衆トイレをする時、1人のホームレスが変わったポーズで立ち尽くしている。
男はそのホームレスを気にかけているのか、心配そうなまなざしを注ぐ。
昼休憩になるとコンビニで牛乳とサンドイッチを買って、神社の境内にあるベンチに腰をかけて食べる。
彼の頭上には高く伸びた木々の青葉が生い茂っている。
そして、陽の白い光が青葉に射し込み、青葉を透かす。
男の頭上は、瑞々しいまでの木漏れ日が織りなす天界が広がっている。
その青と光の天界に男はしばし目を細めると、胸ポケットからフィルムカメラを出して、カメラを上向きにすると、パチリパチリと写真を撮る。
仕事から帰って、普段着に着替えれば、自転車に乗って近くの銭湯に行く。
彼はいつも一番乗りだ。
それから、古本屋で1冊100円の文庫本を物色し、駅地下にあるいきつけの居酒屋に座る。
彼は常連なのだろう、何も言わずともすぐに店主がレモンチューハイとおつまみを持ってきて、「おつかれちゃ~ん!」と陽気に挨拶する。
男は、それににっこり笑って、応える。
男は元来無口な性格なのだろう。
寝る前は、布団に寝転がって、文庫本の小説を読みふける。
枕元には本棚があり、ぎっしり文庫本がつまっている。
眠たくなれば、枕元の読書灯の電気を消して、眠りにつく。
そして、彼の夢の世界が現れる。
モノクロで、彼の捉えた情景が幾重にも重なって映し出される。
こうして、彼のとある一日が終わりを告げる。
映画の中では、同僚や姪っ子、バーのママなど、彼の他にさまざまな人物が登場する。
しかし、彼と彼らとの会話は少なく、「それまで」と「それから」の関係性はどうであったのか、それらはすっかり僕らの想像にゆだねられている。
大きな波乱はない。
しかし、その言うに足りない生活の底には静かな美しさが湛えている。彼は独身であろう、きっと友人もいないのであろう。
しかし、つまらぬ生活の中でありきたりなものから、ささやかな変化を見いだす彼の表情には、どこか満たされているような感じをうかがえる。
この映画を観ていると、かつて京都に暮らしていた僕の生活と、彼のそれとが重なってしまう。
アパートの最上階にある部屋の新聞を配り終わった時に臨める朝焼け、洗面器を自転車のかごに入れて向かった銭湯、何の気なしに本棚の本に視線を泳がせていた古本屋、静かな秋の夜にくわえ煙草で歩いた哲学の道、木造アパートの一室で夜な夜な読みふけった夏目漱石
だから、映画を通して彼の心情が自分のことのように伝わってくる。
何がそんなに嬉しいのか、何が良くて木漏れ日の写真ばかり撮るのか、なぜ彼がこんな生活を送っているのか。
境遇だけでなく彼の繊細な感性そのものが僕の過去を通して、手に取るように分かってしまう。
彼はかつての僕の似姿そのものであった。
僕はこういうふうに生きたいと思った。
そして、いずれこういうふうに生きるだろうと思った。
夕方、僕はポメラDM250を開いて、カタカタとキーボードを打ち始めた。
思う存分キーを打ち鳴らせる指先の感触に、久方ぶりの満足感を味わい、恍惚となる。
この記事も、相変わらず長くなりそうだ。

 

 

《本稿から削除した文章》
今パッと思いつくのは、刑務所に入ることだ。
なぜなら刑務所に収容されている間、僕らは刑務官の手によって、スマホを取り上げられてしまうからだ。
もちろん、これは理想的で現実味のある方法ではない。
スマホ依存から脱却するために、法を犯し、人様に迷惑をかけるなんぞ、言語道断からだ。
しかし、一方でたしかに、何年にもわたる懲役刑に処せられている受刑者は、他にもっと重要な悩みや後悔があるにせよ、少なくともスマホがもたらす問題に悩まされていないように思える。
だが、いろんな観点を踏まえて、冷静に考えてみると、やはりこれは選択されるべき方法ではない。
とは言っても、娑婆にいながらも、刑務所のような、物理的にスマホにアクセスできない環境を再現することは可能かもしれない。
そして、こういった環境で生きられることが一番の理想だ。

 

アルゴリズムは視覚・聴覚を経由して、脳の中枢神経を刺激して、快楽物質ドーパミンを際限なく放出させる。
ドーパミンはそれ自体、悪役ではない。
問題なのは、それが放出される方法にある。
例えば、学校のテストやスポーツの大会など、時間をかけて努力をして、良い結果を出した時、脳はドーパミンを放出して、快感を与える。
だからこそ、僕たちは次も頑張ろうという具合に次の目標に向かって動機づけされるのだ。
だが、SNSは本来あるべき努力や訓練の過程をすっ飛ばして、タップとスクロールというごくわずかな指先の運動だけで、ドーパミンを放出させる。
人間は楽したい生き物である。
快感を味わえるのなら、時間をかけて努力したり訓練したりするより
スマホを使った方がいい、大枚はたいてパチンコに突っ込んだ方がいい、腕に覚醒剤を打ち込んだ方がいい、と捉えるようになるのも、さほど理解に苦しむものではない。
さらにスマホは脳の前頭前野の働きを麻痺させる。
ここは、人の衝動的な行動や感情を抑制させる理性の働きを持つ。
スマホを短時間でも使っていると、この前頭前野が働くなる。
車に例えるなら、まさにブレーキが効かなくなったようなものだ。
アクセルペダルは踏みっぱなしで、ブレーキは全く用をなさない。
そのように故障した車が行き着く運命は、言わずもがなである。

 

これではいかんということで、(・・・読書や日記、ランニングに言及する・・・)

 

だが、講義を受け続けていく過程で、丁寧な解説を頂戴し、分からないことがあれば質問して疑問をぶつけていった結果、ほどなくして腑に落ちていった次第である。

 

新規で受講しても、ものの1カ月か2カ月で脱落していく人が多数いる中、僕は今日に至るまで受講し続けている。

 

死ぬことや存在など、こうしたことは、大人になるにつれて、誰も気にしなくなる。
社会という名の、激しくうねりをあげる渦潮のど真ん中に飛び込んでで、手足を一生懸命ばたつかせ、渦の中心近くの、失神するほど高速で回転する波に乗りこなせれば、一人前というというのが常識だ。
そうなっては、まずは就職、いいとこに勤めれば次は出世、それに満足すればその次は結婚、その次は家族、次は家、次は老後、次は相続に墓、そうして合間合間に気分をスカッとさせる娯楽をひとつまみ、という具合に、目の前の実生活ばかりにかかずらって、「よく生きるとは何か?」とか「死とは何か?」といった子供じみた疑問すら湧かず、哲学科の大学院に受験して本格的にドイツ観念論現象学などの研究とはいかずとも、書店で哲学の解説書や文学の易しいものを1冊買って読んでみることさえしない。
それが普通である。
それこそ、多くの人々がそれへと一歩を踏み出し、その時点で行き着く先まで何が起こるのか容易に見通せてしまう、ありがちな人生行路である。
幸か不幸か、僕の場合は早々に社会という激烈な渦潮から、その周縁へはじき出された。
そこは社会の中心からかけ離れているが、かといって完全に切り離されているわけではない。
拙を守って、与えられた賤業を淡々とこなしておれば、社会はとやかく僕をつっつきまわすことはしなかった。
そのため、僕のとことん考え込む癖、世間体より優先される自分の価値観、古典に対する憧憬と興味、一つのことだけに向けられる過度な集中力、具体より抽象、思索や追憶を何でも文字にしたがる趣味、などなど、実生活においてはまるで必要も無い様々な性質が矯正されないどころか、少しずつ、僕自身の手によって、すくすくと成長させられていったのだ。

 

昔の古典を紐解いてみると、どこにもたくさん稼いで金持ちになれということが書いていないのが面白い。
『人生を半分降りる』から始まって、セネカ兼好法師鴨長明モンテーニュを拾い読みする。
どれもこれも名誉心や野心を持つな、自分の時間を持て、大きな仕事から身を退けと書いてある。
往々にして古典はその通りである。

【お知らせ】一部の記事の非公開について

昨日は、文学フリマ大阪13に参加させていただき、『Mの踏み倒し』『Mの踏み倒し 完結編』『泥沼』『のんき者の手紙』を頒布させていただきました。

たくさんのご来店まことにありがとうございます。

それにつきまして、上記の同人誌に収録したブログ記事を、一部を残して、非公開にさせていただきました。

実際に同人誌を購入された方と、無料でブログにアクセスする方との間にある不公平感を是正するのが、その目的とするところです。

これまでブログを閲覧されていた方に対しては、同人誌の委託販売などで対応することを、目下検討中であります。

今後ともよろしくお願いします。

地震予知の噂、パスカルの賭、備蓄

2025年6月21日は土曜日なので、本来ならば休日であるはずであった。
しかし、4月に発生した休業の振り替えという名目で、できなかった生産を取り戻すべく、工場に駆り出されてしまった。
梅雨前線は早々と消滅したため、時期はずれに猛烈な熱を帯びつつある朝の日差しが、工場に向かういたいけな中年独身派遣社員の頭上に、容赦なく降り注ぐ。
まだ6月だというのに、この暑さだ。
これから数ヶ月先の日和が、思いやられる。
17時に仕事を切り上げると、工場で缶詰にされていた工員たちは、一斉に敷地から飛び出すために、一時的に道路は渋滞する。
動いたり止まったりを繰り返しながら進んでいく前の車の後をスーパーカブで進みながら、これからの計画に必要なものを、頭の中で整理してみる。
そして、帰宅すると、身体の疲れを押して、すぐさま平和堂に向かう。
2階のくらしの広場に着くと、まっすぐ防災品の売り場に直行する。
そして、非常用簡易トイレと、凝固剤付トイレ非常用袋(100回分)、大判ウェットタオル(60回分)で買い物かごをいっぱいにすると、すぐさまレジに向かった。
値段は合計で18,839円となった。
自分の意志で選んだこととはいえ、いつ使うか分からないトイレとウェットタオルに2万円近くの大金を支払う段になると、やはり自分の選択が正気なものとは思えず、やはり店員さんに謝って、会計を取り消したくなった。
しかし、万が一のことが起これば、真っ先に必要になるのはトイレなのには間違いないのだ。
断水すれば、糞尿も止まるのかと言えばそうではない。
断水しようがしまいが関係なく、定期的に、尻から便が排泄され、股間から尿が垂れ流されるのだ。
だが、災害によって水道が止まってしまえば、決まった頻度で排出される体内の排出物を衛生的に処理するトイレが機能不全に陥って、有名無実の代物に成り下がる。
やむにやまれず、戸外の片隅の一カ所を、臨時の排泄場所に定めたところで、支援が来るまでの最低1週間(僕の勘では1ヶ月は想定しておく必要があると思う)は、鼻の奥までつく激臭と、糞尿にたかる大量の蠅の中、現代人にはあるまじきあられな姿勢になって、用便を済ませないといけない。
備蓄と聞けば、誰もが思い浮かべるのが、水やら食料やら体内に入れるものばかり。
もちろん、それも生きていく上で大切だが、体外へ出すものに関しては全く念頭にないように思われる。
だからこそ、水やら缶詰やらはスーパーマーケットやドラッグストア、コンビニなどで大量にあるが、簡易トイレやトイレ非常用袋が棚に陳列されることはめったにない。
かくいう僕も、トイレについて全く考えてなかった一人である。
しかし、物資の備蓄を検討し始めた数日前に、たまたま平和堂の防災品の売り場でこの非常用トイレが目に飛び込んできたとき、すぐさまトイレの重要性に思い至り、昨日になって買い占めに走ったわけである。
僕の備蓄の準備は、トイレから始まった。
いざ必要になっても入手しにくいと考えられるものを、ひとまず揃えられてよかった。
当然ながら、これだけで十分ではない。
次に、水やら食料やら、生存する上で必要なものを速やかに備蓄しておかなければならない。
あの予知が正しければ、件の大災難は、もうすぐそこまできているらしいのだ。

たつき諒さんという漫画家が、予知夢で2011年3月の東日本大震災を予言した、その同じ人が2025年7月に大災難があると予知しているという話は、ネットを介して前々から知っていた。
とはいうものの、知った当初はまだ先のことだから、気にもしなければスマホでごく簡単な概要さえ調べてみる気もしなかった。
書店で『私が見た未来 完全版』が平積みされ始めても、見て見ぬふりをするだけであった。
しかし、その7月が到来するまで、残り2週間となった時に、ようやく僕も色めきだって、気にするようになってきた。
「もし、本当に大災害が起こるなら・・・!?」
仕事中、すっかり板についた単純作業の気晴らしに考えることは、そんな突拍子もない空想ばかりだ。
スマホで「たつき諒」で検索するの、しばしばだ。
しかし、ネットの情報は眉唾物ばかりでいかんせん信じられんということで、第一次情報源であるたつき諒さんの『私が見た未来 完全版』を買って、読んだ。
このような大災害のオカルトめいた予言は、昔からあふれていたが、そのいずれも真に受けたことはなかった。
しかし、たつき諒さんの予知に関しては、どうも引っかかって切り捨てられないでいる。
まず1つ目に、彼女は一介の女性漫画家に過ぎないこと。
秘境の部族の魔術師でもなく、新興宗教の教祖でもない。
予言・予知のイメージと結びつきやすい肩書きや地位を持つ職業ではない漫画家として生きる一般人であることが、まず普通ではないように思われた。
2つ目に、自分から喧伝して回ったのではなく、発見されたという形で、予知が知れ渡ったということ。
後日購入した『天使の遺言』によると、漫画家引退作品となる『私が見た未来』を出版したのは1999年。
その表紙に「大災害は2011年3月」という予知が書かれていたのだが、発売当時はあまり話題にならなかったが、2011年3月11日に東日本大震災が起こると、一部のネットユーザーから「災害を当てた! 予知していた!」と騒がれたようであった。
そして、そのことを人づてから聞かされたたつき諒さんの反応は淡泊なものであり、『ようやく私も「そういえば描いたなぁ」と思い出しましたが、当初は「ふーん、そうなんだ」と受け流す程度でした。』と当時のことを綴っている。
3つ目は、商売っ気が感じられないこと。
東日本大震災を予知したことで一躍時の人となったたつき諒さんであるが、この騒動に便乗して、メディアにどんどん露出したり、予知夢の本をバンバン書き上げて出版したりするようなことをしていない。
僕が買った『私が見た未来 完全版』は、発行日は2025年6月10日で、第37刷にあたるので、それだけでも相当額の印税を獲得したではないかと反論されるかもしれない。
しかし、『天使の遺言』を紐解けば、『私が見た未来』の復刊はたつき諒さん本人の知らないところで段取りが進められていたことが書いてあった。
出版元が絶版になった『私が見た未来』の復刊を企画するとき、2020年に登場したたつき諒さんの偽物とネットで連絡を取り、その偽物がたつき諒さんの代理人として打ち合わせに現れたそうなのだ。
たつき諒さん本人がこの復刊を知ったのは、ネットの広告を見た姉からの電話であったとのことであった。
それから、本物のたつき諒さんが出版元に電話をし、本人確認をしてもらったのち、急ピッチで再編集が進められ、『完全版』となって出版されたのだ。
そうして、本が売れに売れ、第37刷まで刷るに至ったという次第である。
本来であれば、予知・予言は霊感商法の手段として用いられてもおかしくない。
しかし、商売っ気のあったのは偽物のほうで、本物が読者に求めているることは、これから起こるかもしれない災害に備えて「今から準備・行動しておくこと」(『完全版』)だけである。
予知が外れたら、心ないネットユーザーから批判や非難が殺到するかもしれない。
それなのに、防災意識を高めること、事前に準備しておくこと、それだけを呼びかけるためだけにとどまれるだろうか?
4つ目は、予知が当たっていること。
これが一番のひっかかりの核心といえる。
1999年に出版した漫画の表紙に、「大災害は2011年3月」と予知夢の内容が書かれ、2011年3月11日に実際に東日本大震災という形で、実際に予知が的中してしまった。
この事実があるからこそ、僕の不安が拭い去れないでいるわけだ。
ちなみに、たつき諒さんの予言している大災難の日にちは、7月5日とネットユーザ-から噂されているが、これは読者が勝手な解釈をして拵えた憶測にすぎず、このことは予知をしたたつき諒さん本人が神戸新聞の取材において、「2025年7月5日が、予知の日というわけではございません」とはっきりと否定している(記事URL→

「7月に大災害」うわさ拡散 漫画の「予言」が発端 香港に波及、訪日控える動きに 科学的根拠はなし|社会|神戸新聞NEXT

)。
つまり、彼女の言うところに従えば、7月1日から31日までに「大災難」が起こるということらしい。
なので、7月5日を無事にやり過ごしたとしても、彼女の予言が外れたということにはまだならないし、7月5日よりも前に「大災難」が訪れる可能性があるのだ。
だから、たつき諒さんの予言が外れたかどうかは、8月1日になるまで分からないのだ。
予知の時期がどんどん迫ってきているものの、この事態を自分の中でどのようにとらえたらいいのか決められないでいた。
確固たる警告か、聞くに値しない戯れ言か。
とりあえず大災難が起こったら、会えなくなるだろうと思ったので、久しぶりの知り合いに連絡して、会ってみた。
自分の中で悶々と考え込んでいると、どうもこうも、一大事が迫っているようにしか思えなくなるのだが、実際に知り合いと顔を合わせ、ことの事態を声に出して説明していると、なんだか、心の熱が一気に引いて馬鹿馬鹿しくなってくる。
そもそも、「日本とフィリピンの中間あたりの海底がボコンと破裂(噴火)」して「東日本大震災の3倍」もの高さの津波が押し寄せ、「日本列島の太平洋側、3分の1から4分の1が大津波に飲み込まれて」しまうなんてことが、ありえるのであろうか?
百歩譲って海底火山が噴火するのは起こりえるものとして、そこから、日本列島の4分の1を水没させるような大津波が生じえるのであろうか?
そもそも、たつき諒さんが夢の中で見た大災難の映像は、将来起こる津波を直接表したのではなく、別の不幸を暗示するための象徴ではないだろうか?
まだ彼女の著作に全て目を通したわけではないので、はっきりと白黒をつけることは現時点ではできない。
信じる理由と同様に、信じられない理由をいくらでも見いだせる。
単なるガセと切り捨ててもいいような気がする。
しかし・・・。
先日、本棚にあるパスカル『パンセ』(塩川徹也訳)を何の気なしに手に取ってパラパラとページをめくっていたとき、ハッとある問いがひらめいた。
そもそも、予知が当たるにせよ外れるにせよ、それを信じた僕に、結果としてどれほどの不利益が生じるのだろうか?
『パンセ』の中に「賭」という有名な議論がある。
神の存在が不確実である状況において、神がいることに賭けることの有利を説いた議論である。
人は理性を用いても、神が何であるかも、存在するのかどうかも知ることはできない。
その上でわれわれは神がいるのかどうか賭けなければならない(「なぜならきみはもう乗船しているのだ」)。
そして、神が存在している方に賭け、それが当たっていた(存在していた)場合、われわれは永遠の幸福が得られるが、一方で、外れていた(存在していなかった)場合、判断を違えたことになるが、何も失わない。
神が存在していなかったら、死後において、その判断ミスの償いをさせたり罰を科したりする存在がいないからである。
だから、絶対に損をしないギャンブルをするようなもので、神の存在を把握することができなくも、神の存在がある方に賭けることのほうが圧倒的に優位だからそうするべきだというのが、社交界において賭け事に強い関心を寄せていたパスカルの見解である(ちなみに『パンセ』においては、神がいない方に賭けた結果、神が存在していた場合のケースが書かれていない。おそらく、天国でも虚無でもないところ、おそらく煉獄か地獄に行くことが想定される)。
これを今回の予知になぞらえて、それぞれにおいて、僕は何を得て、何を失うのか分析してみよう。
想定されるケースは4パターンある。
①予知を信じてそれが実現した場合、②予知を信じてそれが実現しなかった場合、③予知を信じなくてそれが実現しなかった場合、④予知を信じなくてそれが実現した場合、この4パターンである。
ちなみに全てのパターンにおいて共通するのは、予知を信じるということは、この場合、自費で備蓄用品を揃えてたり防災の情報を調べたりするなど、何らかの備えをすることを意味する。
その逆に、予知を信じないということは、何の備えもせず、普段通りの生活をすることを意味する。
それを踏まえて、1つずつ分析していこう。
まず①である。
大災難によって日常が一変してしまうだろう。
インフラは破壊され、物流は完全に停止し、食料や水の調達は困難になるであろう。
しかし、溜め込んでおいた非常食や備蓄用品などのおかげで、飢える心配は当分の間なさそうである。
生存確率はぐっと上がり、国や自治体の支援があるまでしのげるだろう。
次に②である。
騒がれていた2025年7月の大災難は、結局のところ起こらなかった。
世の中は普段通りに動いている。
僕に残されたのは、部屋にうずたかく積もられた非常食や水、トイレ非常用袋の入った段ボールの山。
そして、失ったのはそれらの購入に充てた数万円という大金。
また、本気で鵜呑みにしていたがために、友人や知り合いに笑われて馬鹿にされるというおまけ付きである。
ボーナスを割いた甲斐がなかった。
次に③である。
騒がれていた2025年7月の大災難は、結局のところ起こらなかった。
始めから嘘っぱちだと思っていたが、予想通りの展開だ。
予知夢は作者の勘違いだったのだろう。
いらぬ防災用品にお金を使わなくてよかった。
最後に④である。
ありえないことが、起こってしまった。
予知夢なんてあるわけない、単なるたつき諒さんの売名行為だと思っていただけに、今見ている光景を受け入れることができない。
滋賀に住んでいるので、未曾有の大津波に飲み込まれずにすんだものの、この先どうしていいのか分からない。
何も備えていないから、家には何も食べ物がない。
スーパーにもコンビニにも、食料や水を買い求める客で、長蛇の列ができている。
よしんば今日だけ水と食べ物を買うことができても、明日食えるものにありつけられるか分からない。
停電したから、冷房もつかない。
連日かんかん照りの酷暑にさいなまれながら、部屋の中でじっとして飢餓と脱水症に耐えるしかない。
これが死というやつか。
以上の4パターンであるが、現段階において、どれを選ぶべきなのかはまさに予知の期待値によるだろう。
僕にできることは、信じることと信じないこと。この2つだ。
信じることによって失われるのは、非常食や備蓄用品を買うのに費やしたお金、そして買い出しに費やした労力に、選んで見繕う時間だ。
そして、備蓄用品を保管するために失われた部屋のスペースだ。
しかし、一見これらは大きい損失に思えるが、7月の予知が外れたとしても、いずれ起こると言われている南海トラフ地震の備えに転用すれば、全くの無駄ではない。
南海トラフ地震も同様に、明日起こるかもしれないのだ。
だとすれば、たとえ予知が外れたとしても、のんきな僕の防災意識を一気に高めてくれたという具合に、この一連の騒動を前向きに解釈できると思う。
馬鹿にされ、笑われるのは、いつものことなので、どうってことない。
となれば、損失と思われるものは微々たるもので、働けば取り返せる。
少なくとも命に関わる損失ではない。
そして、もし予言が実現してしまえば、たしかな生存を約束されたのも当然であり、その場合の多幸感は確実である。
よって、①と②から信じることのマイナス面は些細なものに過ぎず、プラス面は多大であるということが導き出される。
一方、信じないことによって、僕は数万円の一時的な出費から免れる。
だが、たつき諒さんの予言が現実のものとなった場合、日常は一挙に地獄と化し、明日の生存が危ぶまれるほどの危機的状況に陥る。
よって、③と④から、信じないことから得られる結果は、プラマイゼロか、甚大なマイナスのどちらかとなる。
よって、信じないことでなく、信じることを選択する方が優位であると結論づけられる。
となれば、目前の大災難に備えて、行動するしかない。
全てを失い、取り返しがつかなくなる前に。

そうして、自分の中で意見をまとめて、最初に取った行動が、2万円をかけてトイレの確保である。
またアマゾンでアルファ米100食分を注文した。
支払いはクレジットカードで済ました。
もし翌月クレジットカードの支払日より前に、大災難が起これば、はたして無事に引き落としされるのか心配であるが、まあ、口座に代金がきちんと入っていれば、問題なかろう。
引き落としができなかったとしても、システムに不具合をもたらした大災難のせいで、僕に原因があるわけじゃないのだから。
あと、これからスーパーマーケットで水を買いにいくつもりだ。
一日2リットルを目安とすれば、60リットルはほしいところだ。
あとは普段履きにできるしっかりしたウォーキングシューズがほしい。
少なくとも一日30kmの行軍に耐えられるほどの強力なものがいい。
例えば、京都市にいた時に被災したら、電車は止まっているだろうから、歩いて逢坂の関を超えて、滋賀県の自宅に帰れるようにしたいのだ。
デザイン重視の底の薄い靴では、長距離の行軍においては心許ない。
靴底がしっかりとした靴を選ばなければ、琵琶湖はおろか、逢坂の関にもたどり着けない。
細かいものも挙げればキリが無いが、とにかく7月まであと1週間しかない。
できる準備は早めにしておくべきだろう。
そして、大災難を生き残るのだ。

マガジンレイパーあらわる!

僕の木曜日の朝は早い。
午前5時にセットした目覚まし時計の音で飛び起きると、すぐさま財布を持って、自転車でセブンイレブンに向かう。
5分もかけずにセブンイレブンに到着して自動ドアをくぐれば、買い物かごを手に取り、その足でまっすぐ雑誌コーナーに行く。
歩きながら、目標とする雑誌の存在を見定める。
講談社から発刊されるコミック雑誌『モーニング』が、それである。
毎週木曜日の早朝になれば、この店舗に決まって2冊がマガジンラックに差し込まれるが、そのうち手前側ではなく奥側の1冊を抜き取り、ささっと外観をチェックし、誰かに読まれた形跡がないか確認する。折り目もないし、汚れもない。
正真正銘のまっさらな状態が確認できれば、手に持っていた買い物かごに入れて、すぐさまレジで会計を済ませて、帰宅する。
『アカギ』や『カイジ』で有名な漫画家福本伸行氏が「モーニング」誌上において『二階堂地獄ゴルフ』(以下、『二階堂』と略す)の連載を始めたのは、2023年8月中旬。
以来、木曜日に『モーニング』を買って、『二階堂』を読むのが、僕のささやかな楽しみとなった。
雨の日も、風の日も、早起きして『モーニング』を買い求めた。
そして、どうしても、早朝でなくてはならなかった。
下手に買い時を先延ばしすれば最後、幾度も立ち読みされたがために、汚れや折り目がついてボロボロになった『モーニング』を買わされる羽目になるからだ。
真っさらであろうが、ボロボロであろうが、雑誌の価格は変わらない。どうせ買うことは決まっているのだ。
ならば、なるたけ綺麗な状態の『モーニング』を狙うほうが、気分がいい。
そのためには、セブンイレブンに届けられて、ビニールを剥がされ、マガジンラックに並べられて間もない時間に買いに行くしかない。
それから、何度か検証した末には、どのアルバイトも朝5時にはマガジンラックに新刊の雑誌を並べることが分かった。
それ以降、日勤の週の木曜日になると、僕は早朝5時に、セブンイレブンで『モーニング』を買うことがルーチンとなった。
とはいうものの、僕に天敵はいない。
2025年2月まで、僕は立ち読みで汚れた『モーニング』を買わされた例しがない。
一体全体、僕以外の他に、誰が早起きして、『モーニング』を求める人がいるのだろうか?
ちなみに夜勤の週だと、セブンイレブンに着くのはもっと遅くなる。
バスで通勤していた時は7時に、バイクで通勤するようになってからは6時になってようやくセブンイレブンに到着するんだが、それでも何者かに触れられた痕跡は皆無であった。
2023年8月から2025年2月まで、セブンイレブンにあるきれいなモーニングを取り巻く状況は、全くの僕の独擅場であった。
風向きが変わったのは、2025年3月13日であった。
この頃、下請けの部品メーカーで爆発事故が発生して、部品の供給がストップした影響で、休業となり休みであった。
『モーニング』のために当初は朝5時の早起きを心がけていた僕であったが、天敵がいない状況は、次第に僕の精神を弛緩させていった。
多少は寝坊をしても、『モーニング』に手をつける人がいないことはこれまでの経験上明らかなので、僕はその日、いつもより少し遅れて5時30分くらいにセブンイレブンに到着した。
すると、誰かがマガジンラックの前に突っ立って、立ち読みをしていた。
あまりよく観察していないので良く覚えていないが、眼鏡をかけ、背は僕より少し低く、黒の短髪で、上下黒っぽい服装をしていて、少し太り気味の、だらしのなさそうな若者であったように思う。
とにかく珍しいことに、僕の他に来客がいて、その人が雑誌を立ち読みしてるのだ。
何だろう? ヤングマガジンか、それともヤングジャンプか?
『モーニング』を今から買おうとしている手前、相手が立ち読みしている雑誌の正体が気にかかった。
そして、マガジンラックに近づいて、彼との間隔がなくなったとき、僕は驚いた。
なんと、何種類もの雑誌がマガジンラックに収まっているのに、あろうことか彼は『モーニング』を選んで、立ち読みしていたのだ。
『モーニング』を求める男2人が、こんな朝早くにかち合うとは。
これまでなかった偶然を不思議に思いながら、僕は立ち読みに夢中になっている彼の隣に立って、もう1冊の『モーニング』を手にした。
事件が起こったのは、その翌週の3月20日である。
この週は日勤なので、朝5時に起きるつもりであったが、油断して30分寝坊してしまった。
だが、そんな日は珍しいことではないし、何のマイナス要素にもならない。
一体僕の他に、誰が日も昇らぬうちに、『モーニング』を買い求めるだろう?
5時40分頃に欠伸を殺しながら入店し、いつものようにマガジンラックに向かうと、恐るべき現実が僕を待ち構えていた。
2冊あるはずの『モーニング』が、1冊無かったのだ!
「あっ!」と小さく叫び声を上げると、急いで残りの1冊を取り出して、外観をチェックする。
すると、なんたることか、裏表紙にも表表紙にも、立ち読みでつけられたと思われる折り目や汚れがついていたのだ!!
あってはならないことが起こって、僕は目まいがした。
そして怒りが、名状しがたい怒りが、腹の底からメラメラと燃え上がった。
と同時に、つい1週間前に出くわしたあいつの姿が、思い浮かんだ。
奴だ。奴が犯人だ。奴が僕の『モーニング』を汚したのだ。
怒りとともに、後悔もした。
1週間前、あいつに出くわしたとき、どうして天敵と見なさなかったのだろう?
あの時、こんな事態を想定しておけば、寝坊するなんぞ間抜けな真似はしでかさなかったのだ。
しかし、今更悔やんでも仕方がなかった。
僕は汚された『モーニング』を買い物かごに入れて、レジに向かうしかなかった。
しかし、あいつが何時現れたのだろう?
僕はレジで店員がレジを打っている間、このように考えた。
僕が入店したのは、5時40分である。
単純に考えると、あいつがやってきたのは、それ以前ということになる。
せめて、具体的な時間を知ることができれば、対策しやすいのだが。
ふと、視線を落とすと、レジの機械の不要レシートを入れる箱が、目に止まった。
そこにはレシートが4枚入っていた。
一瞬、このレシートを全て回収したい衝動に駆られた。
このレシート群のどれかに、あいつのレシートがあるはず。
「雑誌 409円」と記されたレシートがあれば、奴の行動パターンを予測することができるはずだ。
店員がちょっとしたトラブルのために、一瞬でもレジ機から離れたら、おそらく僕は不要レシートの箱に、手を突っ込んでいたであろう。
しかし、目の前にいる店員はいつものように仕事をこなしていて、隙がない。
もちろん、それを承知でレシートを回収しても何にも言われないかもしれないが、万が一とがめられたら、釈明するのに厄介だ。
そうして、僕はやり場のない怒りを抱えながら店を後にし、家に帰ると汚れた『モーニング』を開いて、悔し涙を流した。
こんなこと、決してあってはならないことだ。
無論、絶対に『モーニング』を立ち読みしてはいけないわけではない。
単に立ち読みするだけなら、問題ではない。
6時までなら、立ち読みする人は、いても1人だろう。
その1人が立ち読みをするために、手前の『モーニング』を取り、ふたたび同じ場所に戻したとしても、僕が狙っている奥側の『モーニング』には、傷つかない。
また、買うなら買うで、その立ち読みした『モーニング』を持って行ってくれればいい。
僕がいつも買っている奥側の『モーニング』は傷一つつけられず守られるからだ。
だがしかし、立ち読みした本をラックに戻して、もう1つのさらの『モーニング』を買うこと。
こんなことは絶対にあってはならないのだ。
これではまるで強姦ではないか!!
一度あいつに目をつけられたら最後、汚らしい指で触られ、表表紙からも裏表紙からも攻められ、指先でページを愛撫され、そうして散々嬲り者にされた挙げ句、飽きられると無造作にマガジンラックに捨てられる。
そして、奴はもう一つの汚れの知らない『モーニング』に手をつけて、同じ犯行に及ぶのだ。
僕に買われるはずの『モーニング』は綺麗な柔肌をしていたが、奴に犯された『モーニング』は可哀想に、手汗を中に出されてぶよぶよになり、今や見る影もなくなっている。
本来であれば、こんな恐ろしい強姦魔は、今すぐブタ箱にぶちこんでしかるべきなのだ。
しかし、直接あの憎きマガジンレイパーを取り締まれる法律が整備されていないことをいいことに、奴は平然な顔をして、堂々と市中を闊歩しているのだ。
だが、このまま手をこまねいては、被害は拡大するばかりである。
あいにく、奴の犯罪に気がついているのは、僕だけである。
『モーニング』の運命を守れるのは、僕しかいなかった。
さりとて頭をうんうん捻って考えてみたものの、確実に奴の動きを封じる方法はない。
一番いいのはセブンイレブンで見かけた奴を尾行して、住所を特定することなのだが、出勤前の慌ただしい時に、そんなことに時間を使っていられない。
なので、奴を取り締まるのではなく、『モーニング』を保護する方向で行動しなければならぬ。
さらに翌週である3月27日午前5時、僕の姿はセブンイレブンの自動ドアにあった。
この週は夜勤なので、本来であれば、こんな朝早くにセブンイレブンに着けるはずがないのだが、爆発事故を起こした下請けの部品メーカーの事後処理が長引いている影響で休業になったので、こうして朝5時にセブンイレブンに行けるわけなのだ。
僕にはある目的があった。
その目的を果たすには、まず第一になるたけ早起きして、強姦魔より先んじなければならぬ。
僕は店内に入ると、急いでマガジンラックに向かう。
そして、『モーニング』が2冊ともラックに収まっている姿を見て、安堵してほっと一息つく。
さすがの強姦魔も、早朝5時ジャストには行動していないらしい。
こうして『モーニング』が2冊あることを確認し、一応軽く手に取って折り目や汚れの有無をチェックした後、2冊とも買い物かごに入れて、レジに向かい2冊分のお金を払った。
『モーニング』を買い占める。
これが僕の考えた作戦である。
強姦魔より先にセブンイレブンに来店し、2冊の『モーニング』を買い占めてしまえば、『モーニング』は2冊とも奴に犯される心配がなくなる。
さらに、強姦魔がのこのこやって来る頃にはあるべきはずの『モーニング』は1冊も残っていないことになり、奴はあてが外れて肩透かしを食らうことになる。
さらに僕は少なくとも1カ月は買い占めを継続するつもりである。
それはつまり、強姦魔にとって早起きしても、お目当ての雑誌を見つけられないことを意味する。
こうして徒労感を味わわされる経験を積めば、強姦魔はいつしか『モーニング』を諦め、無理に早起きすることなく、別の時間帯に現れ、別の雑誌に目標に切り替えることになるであろう。
僕が別のコンビニや書店に行けばいいのではないかと考えたこともある。
しかし、こんなむごいことをするマガジンレイパーのために、僕が引き下がらなければならない理由が見つからなかった。
これは強姦魔による宣戦布告である。
何もしないうちに引き下がってしまえば、僕の沽券に関わるというものだ。
4月3日木曜日。
この日は日勤にあたるため、先週と同様に朝5時にセブンイレブンにやって来て、『モーニング』を2冊買い占めた。
問題は4月10日である。
僕の作戦が果たして、マガジンレイパーに対して効果があったのか、その見極めの日である。
この週は、夜勤なので、朝5時はまだ工場で働いており、仕事を終えてバイクで退勤し、いつものセブンイレブンにやってこれるのは、早くても朝6時である。
もし強姦魔に僕の買い占め作戦が効いていなくて、いまだにこの周辺をうろついているとすれば、とっくの昔に今週号の『モーニング』は無残な姿となっているだろう。
はたして、吉と出るか凶と出るか。
心臓を激しく鼓動させながら、店内に入ると、僕の『モーニング』が2冊ともなんともない顔をして、マガジンラックから顔を覗かせていた。
どうやら、マガジンレイパーの襲撃はなかったようである。
この結果を見て、内心大喜びしたのは言うまでもない。
その翌週も翌々週も『モーニング』を買い占めたが、あれ以来強姦魔の気配は一向に無い。
どうやら、僕の作戦が通用したようである。
僕と『モーニング』の安寧の日々に衝撃を加えられたときは、この先どうなることになるやらと不安を覚えたが、再び取り戻させてくれた神に、これからも心置きなく『二階堂』を楽しめさせてくれるようにした仏に、僕は深く感謝する。
正義は必ず勝つのだ。
広告を取得できませんでした

とりとめのないことども 15

とにかく、僕の生活は慌ただしくなった。
かといって、ブログも読書も諦めたくなかった。
ブログを更新せずに放置したり、買った本を部屋の隅に積んだままにしておくことは、僕の信条からすれば、恥ずべき断念でしかなかった。
というふうに、言うことや考えることだけは気炎万丈で結構なことだが、「言うは易く行うは難し」というやつで、なかなか実行に移すことができないでいるというのが現状で、己の怠惰にもがき苦しむ日々を送っている。
そんな折、京都に住んでいた時代をついつい懐かしんでしまう。
どうして、あのときはあれだけ書ける時間があったのだろう。
私設図書館で、喫茶店で、自宅の木造アパートで。
万年筆と紙で、ポメラで、パソコンで、他に興味が無いのかと驚かれるくらいに書いてきた。
まあ、実際のところ、他に興味がなかったのだろう。
金は全くなかったけど、社会人になってからの生活を振り返ると、あの頃が一番楽しかった。
それと比べると、収入は増えたものの、今の生活というものは無味乾燥としている。
あの頃は生きるに値するものを確かに感じ取れていたが、今の生活には同じような生き生きとしたものはもはや存在しない。
一口に言えば、面白くもない生活を送っているというわけだ。
現状、本腰入れてブログの執筆に取りかかれる機会は、年に3回、GWと夏期休暇と冬期休暇のみとなった。
そのうち、夏期休暇はインドネシアへの一人旅が、もしかしたら、恒例となるかもしれないので、GWと冬期休暇の年2回に減るかもしれない。
そして、9月は文学フリマ大阪が開催され、それまでに書き下ろし原稿を執筆しなければならないとなると、GWの9日間は自室にこもりっぱなしとなり、人と会う時間も惜しいほどになるやもしれん。
そして、先週はその大事な大事な冬期休暇であった。
前もって決められていた、古い友人に会ったり、インドネシア人の技能実習生を侍体験ツアーに連れて行ったり、母親の家に行ったりする
日を除けば、残された「オレだけの時間」は9日間の休暇のうち、たったの3日間である。
部屋の床は2週間分の埃がつもっており、冷蔵庫の中身は空っぽだ。
だけども、掃除や買い物に時間を使うのが、非常に惜しい。
意識を一点集中させて、執筆に全ての時間を注ぐべきである。
と思っていたのに、予定を全て消化させたあと、僕は流行りの病気に倒れてしまった。
インフルエンザA型である。
高熱にうなされ、倦怠感が重く身体にのしかかる。
ベットの上で倒れていることしかできず、水分補給と栄養補給が大事と知りながらも、食事はおろか、コップ1杯の水を飲み、トイレに行くために立ち上がることすらままならなかった。
しかし、倒れているだけではどうにもならないので、症状が現れだしたその翌日、病院に行き、インフルエンザと診断され、薬を処方してもらった。
さらにその翌日、薬のおかげで熱は引いたものの、倦怠感だけはすさまじく、寝ているほか何もできなかった
こうして、僕の時間は想定外のインフルエンザの療養のために、あてられてしまった。
インフルエンザにかかったので、1月8日は仕事を休んでいいことになった(1月6日と7日は自宅待機期間、8日はもともと有給休暇の日であった)。
自分の時間が延長されたのはよかったものの、インフルエンザに冒された身体では、読書や執筆、勉強など、集中力を用いる作業には取りかかれなかった。
そうして、うだうだと自宅でのたうち回っているうちに、冬期休暇が終わった。
執筆の再開だけでなく、習慣となりつつあったインドネシア語の勉強もランニングさえも、中断を余儀なくされた。
ただ寝るしかできなかった。
成すべきことを何も成せなかった、残念な冬期休暇となってしまった。
今の派遣先の仕事も、すでに7年目である。
この事実を前にすると、まず始めに時の流れの早さに圧倒されてしまう。
次に、これほど長く1つの職場に居続けられた事実に、我ながら驚かされてしまう。
工場で働く派遣社員になる前までの僕の職歴というのは、とにかくひどいもので、転職に次ぐ転職で、市販の履歴書では職歴の全てを埋め切れないほどなのだ。
長くて1年と2カ月、短くて2カ月しか、1つの職場に勤められなかった。
こう書いてしまうと、僕の人格に他人と宥和し、社会に適合することを拒絶してしまうような、何かしらの問題があるように思われるかもしれないが、そんなことはないとまずはこの場で否定しておこう。
職場での人付き合いは、「おおむね」良好であった。
どこに行っても、どんな人に会っても、「大体において」円満な関係を築くことができた。
おそらくこの世に誕生してから僕の中に具わっていた天性のものが、職場において十全に発揮されたのだろう。
恋人といった深い気持ちのつながりを必要とする関係を築くには不利な、職場のようなビジネスライクな付き合いが求められる場所では、その特徴がプラスに働いた。
数少ないトラブルの事例を振り返ると、「大抵」職場に労働環境上の問題があった。
新卒で入社した会社しかり、タクシー会社しかり、西陣織の工場しかり、である。
そういうわけで、僕の人格が矯正しがたいほど屈折しているために、行く先々で居場所を追いやられてきたわけではなく、ただ、拠ん所ない事情が我が身に降りかかったがために、職を転々とせざるをえなかったのだ。
そうして、その果てしない転職街道を突っ走ってきたのだが、その中、自分自身の性質について分かってきたことがある。
僕には正社員という雇用形態は向いていない、ということだ。
これは能力や適性云々に不適格の原因が決して求められるものではない。
アルバイトやフリーターで働いているうちは何事もなく、順風に乗って、穏やかな生活を送れていたのが、いざ社会的地位の向上を目指して、正社員の職に就いた途端、突如として風向きが逆風へと変わり、生活がうまくいかなくなってしまうのだ。
賃貸アパートの不動産の営業職では、事務所内の静かでぴりついた雰囲気に耐えられず2カ月で辞めた。
タクシー会社では法を無視した長すぎる拘束時間に、不規則な生活リズムに精神に不調をきたした末に、試用期間の終了間際に解雇された。西陣織の工場では、些細なことで社長夫人の怒りを買い、3カ月後にはクビを切られた。
新卒で入社した会社については、説明不要である。
数十万円の借金を作ってしまったのも、バイトを辞めて就職活動に専念するためだ(就職活動する直前まで働いていたバイトは、デバックの仕事で、月~金曜日までの週5日勤務で、シフトの融通は利かせられなかったので、一旦退職しなければならなかった)。
こうして、自分史を紡いでいくと、生活が傾いたあれこれの不幸は全て「正社員になろうとしたから」に収斂する。
収入を増やして生活の向上を意図した行動が、僕の場合に限って、全て裏目になってしまうのだ。
もはやジンクスといってもいい。
なぜそうなるかは分からない。
とにかく、「神の見えざる手」というものが、僕がいっぱしの背広を着るような仕事を目指そうとするのを阻んでいるとしか説明できない出来事が起こっている。
「天は二物を与えず」ともいう。
天は尋常の人以上に自分自身を物語る能力を恵んで下さったが、その代わりに人並みの生活を営めないように、僕を運命づけたのかもしれない。
そうして、紆余曲折の末に辿り着いたのが、今の工場である。
勤め始めた当初は、長居するつもりはなかった。
拘束時間は長くて、自分の時間がとれない。
社員寮は工場の隣で近いけど、周囲は田んぼしかないし、風呂やトイレで出くわす他の寮生の存在は非常に不愉快。
1週間ごとに入れ替わる生活リズムで、思考し、集中する能力が失われていく。
勤め始めて数カ月は、そうした職場にまつわる不快な点に目をつむることができず、ストレスのはけ口をパチンコに求めるほかなく、結果として金はなかなか貯められなかった。
そうした嫌なことを我慢して働き続けたのは、借金がいわば足枷となって、否応なしに僕を工場に縛り付けていたからである。
そんな重い枷がなければ、いつものように、すぐに辞めていたであろう。
だから、長くても3年、3年のうちに借金を返して、貯金して、山の中で暮らそう。
そう思い詰めているうちに、気づいたら7年目である。
7年も同じところで働いていると、さすがにいろんなものに慣れてくる。
工場に着けば、昨日と全く同じ今日を生き、工場から家に帰れば、今日と全く同じ明日に備えて眠りにつく。
まさに金太郎飴のような味気ない毎日を、脳死状態で過ごしている。
ただ、前々から薄々感づいていたことだが、僕に求められる工場の主な仕事、つまりライン作業に、やはり僕は適性があるようだ。
ひたすら同じ作業を毎分ごとに、1日8時間(派遣先で全国を騒がせたスキャンダルが表沙汰になって以来、生産台数が減って残業がなくなった)、週に5日繰り返しても、そのことが全く苦にならない。
与えられた仕事に対する能力さえあれば、いつまでも涼しい顔でいられる。
部署によっては、一日中腰をかがめたり、手首を妙な具合で捻らないといけないために、腰痛になったり、腱鞘炎になったりする。
だが、幸いなことに僕の持ち場は、特に身体の節々を痛めることはない。
それに、どこの職場でもありがちな人間関係の悩みというのは、ほとんどない。
ライン作業というは自己完結していて、人と関わる機会がほとんど無いからだ。
だから、たとえ気に食わない人がいたとしても、衝突することなく、黙々と作業に集中できることができるので、気楽である。
それに派遣社員は、職場においては一番の下っ端の、底辺である。
だから、底辺は底辺らしく身分相応に、正社員の指示に対して逆らわず、我を出さず、素直に従ってさえおれば、それだけで問題なく職場に溶け込める。
そんな具合で、この仕事がこれまでの職歴の中で、一番「天職」に近づいていると言えるだろう。
他人からしたら、どうしてそんなつまらない仕事をと思うかもしれない。
だが、これはあくまで持論であるが、仕事というのは退屈でつまらないくらいがちょうどいいのだ。
まず前提としてあるのは、仕事というのは生活するためにやむなくするものである、ということだ。
所詮は、生活の糧を得る目的で経済力を身につけるために嫌々するものであり、宝くじが当たったり、莫大な遺産を相続したり、投資に成功したりして、一生働かずに済む金を得られれば、一生働かずに生きるに越したことはない。
だから、生きるために人生の大半の時間を割いて働かされている、この時点ですでに、人生における大きな損失を食らっているのだ。
僕の場合だと、労働時間に通勤時間も含めると、1日あたりの拘束時間は12時間である。
朝6時45分に家を出て、午後18時45分に家に帰る。
味気ない仕事のために、僕は一日の半分の時間を割いている。
もしこの時間の幾ばくかを、他の営みに回すことができるのであれば、趣味や勉強や運動などにもっと割り当てることができれば、人生はもっと充実したものになるにちがいないだろう。
だが、今の現状においては、嫌々ながらもこの生活に甘んじるほかない。
たとえ、この工場生活が嫌になって転職しようにも、そこで僕の意に適う生活が営めるとは限らない。
自由の身になった解放感は束の間に過ぎて、家賃やら国民健康保険料やら住民税やら、諸々の支払いが重荷となった末に、意に反して僕は再び労働にその身を捧げる羽目になるだろう。
どうしても、労働時間を減らしたかったら、生活から快適さを削ぎ落として、週3日か4日だけ働くフリーターになるしかない。
僕の乏しい人生経験では、今のところそれしか思いつかない。
だが、大事だ大事だと声高に叫んでいる時間のために、そこまで思い切った選択をすることは躊躇われる。
以前ほど、僕は安全を振り捨てることができなくなった。
以上述べたように、職に就いたその時点で、自分の貴重な時間を失ってしまうので、その時点でマイナスなのだ。
しかし、その損失は生活していくために必要な損失なので、甘んじて引き受けるしかない。
なので、僕にできることは、損失を必要以上に増やさないことである。
そのためには、まず自分の能力に見合う仕事(自分にできる仕事)をすること、仕事に対して面白みややりがいを求めないこと(どんな仕事もつまらないと割り切ること)、そして、なるたけ人とかかわる仕事に就かないこと、この3点である。
僕の狭い見識からしか判断できないので申し訳ないが、多くの人は仕事を選ぶにあたって、世間体や体裁を気にするあまり、Yシャツを着て首にネクタイを締める仕事ばかりに応募しているように思われる。
大学を卒業した人などは、特にその傾向が顕著である。
なので、ホワイトカラーの職を目指して、本来なら黙々と作業に集中することが向いている人が、コミュニケーション能力の無さに悩んで打ちひしがれたり、外に出て体を動かすのが好きな人が、一日中オフィスの自分のデスクに座って、パソコンのキーボードをカタカタ打ち鳴らすのだ。
とはいうものの、世の中を虚心坦懐に見渡せば、社会人というのは、なにも「背広組」だけではない。
都会にも田舎にも、昼にも夜にも、上にも下にも、ホワイトカラーの人に交じって、ブルーカラーの人も逍遙している。
彼らは実に体を使って、文字通り「身を粉にして」、生活の糧を稼いでいる(僕もその一人である)。
彼らも社会の存続には必要である。
そして、横文字のカタカナばかり並べるばかりで、何を生業としているのか判然としないサービス業より、毎日現場に出て汗を流してインフラの整備や土木工事に従事している人のほうが、どれだけ尊いかもしれない。
大学といえば東京帝国大学の1校しかなかった明治時代と違って、雨後の筍のように大学が新設され、今や4人に1人が大卒者となるまで数が増えてきた令和の世にあっては、その全員がホワイトカラーの職にありつくのは、無理がある。
なので、早々のうちに見栄を捨て、「大卒=ホワイトカラー」という偏見も振り捨て、ブルーカラーの職業という選択肢も考慮に入れ、本当に自分の能力に向いている仕事について熟考できれば、就職活動の苦労も減るのかもしれない。
しかしながら、働きたい条件から「やりたい仕事」は外すべきである。
そんなものは、めったに世の中に転がっているものではない。
それにやりたい仕事を見つけたと始めは思っていても、次第につらくなり、やりたくなくなるのが人の性である。
だから、やりたい仕事はハナから存在しないと割り切ったほうがいい。
それより、「できそうな仕事」を求める条件の中心に据えた方がいい。
「自分にもやれそうかな」と思った仕事であれば、適正・能力と実際の仕事の難易度が噛み合っているので、周囲から求められる成果を出しやすい。
成果を出せば、周りの人からも認められる。
周りの人からも認められれば、自信や自己肯定感も増す。
自信がつけば、さらに次の仕事でも成果を出しやすい。
こうして、好循環が生まれる。
「つまらない仕事だと思っていたが、こういうのも悪くない」と思えるようになる。
しかし、社会に出る前から外聞や体裁を気にするあまり、「やりたい仕事」という幻想を追い求めつづけ、就職先の選り好みを繰り返した末に、自分の幻想を満たせない会社に入って幻滅し、早々と退職するのだ。
「やりたいことをする」という自己実現の欲求は、たった1回限りの人生をいかに充実させるかという観点を踏まえると、死ぬまで持ち続けなければならない大切な欲求である。
しかし、それを仕事に求めてしまうと、つらい人生の道のりを歩むことになるのは、覚悟しなければならないだろう。
だから、そんな「狭き門」を目指すより、仕事というのはあくまで食っていくためだと割り切り、本当の自己実現を仕事以外の場所に求めた方が、妥当である。
さらに、仕事を選ぶ条件として、なるべく関わらなければならない人は少なければ少ないほうがいいというのが、僕の経験則である。
快適な人生を送る上で大切なのは何かというと、それは金でもなく、地位もなく、人間関係だと、僕は思う。
大学を卒業してから十数年間生きてきて分かったこと、それは、生活が貧窮しても耐えられるし、新聞配達やラブホテルの清掃のバイトをしていることを公言しても何とも思わないけれども、嫌いな人間と一緒に働くことは耐えられない、ということだ。
本当にこれだけはどれだけ生きても慣れない。
何事においても、わりかし自分の欲望の赴くままに、後先考えずに、衝動的に考えてきた僕でさえも、人間関係のトラブルを避けることについては用心に用心を重ね、慎重に行動してきた。
不愉快な人の記憶は、いつまでたっても頭の中にこびりついて離れなず、心の傷は癒やしがたい。
なぜか?
おそらく、嫌な人間というのは、どうあがいても僕好みの人間に変身する望みはないからだ。
そして解決策を求めるとすれば、職場からその人を追放するか、自分が立ち去るか、そのどちらかしかなくなる。
書店で人間関係に関する本を紐解けば、アンガーマネジメントだの、その人の長所を探してみるだの、いろいろテクニックが書かれているが、そんなものは全て付け焼き刃だと思う。
僕自身、苦しくなった時、そういった本を藁にもすがる思いで読みふけったことがある。
だが、一番の救済策は、なんらかの事情でその人が職場を退職したり、僕自身が辞めたりするなどして、とにもかくにも、関係が切れることであった。
巷には人間関係のトラブルを避けるべく、様々な弥縫策が転がっているが、結局はこういった分かりやすくてシンプルな方法が、一番効果があるらしい。
とはいうものの、どうしても嫌な奴というのは一定の割合でいる。
それだけは避けがたい厳然たる現実である。
なので、嫌いな奴とエンカウントするリスクを少しでも減らすためには関わる人間の母数を少なくするしかない。
例えば、嫌な奴というのは関わる人間のうち1割の確率で存在すると仮定する。
そうすると、1日で100人の人間と相対せねばならない人は、10人前後の嫌な奴とエンカウントしてしまう。
だが、たった10人であれば、嫌な奴は1人となる。
前者も後者も割合でいえば、同じ1割である。
しかし、1割は1割でも、前者と後者では実数が異なる。
前者は毎日10人の嫌な奴を相手にする一方、後者はたった1人だけである。
前者は後者の10倍もの人数の嫌な奴と関わるのだ。
これは、好きな人や好きでも嫌いでもない人も同様に10倍いるとしても、その人数を以てしても、10人の嫌いな奴を相手にする苦痛を癒やすことはできない。
好きな人や好きでも嫌いでもない人との関わりは、心の表面を心地よく撫でつけるだけで、その後、何の痕跡も残さないが、嫌いな人との交わりは、心に深く傷をつけ、その痛みは永久に続くからだ。
なので、嫌な奴の実数が増えれば増えるほど、傷は増え、苦痛は増す。
90人の味方がいたとしても、この苦痛はどうすることもできない。

それゆえ、確実に嫌な奴から被る被害を食い止めるためには、人と関わる仕事は避けて、関わる人数の母数を少なくしておくに限るのだ。
人と関わる仕事は、日常を地獄に変えうる。
仕事で人と関わっている限り、心安らかなる太平な日々は訪れない。
訪れたと思ってもそれは一時のこと。
すぐさま、反りの合わない人が目の前に現れて、僕の頭を痛めることになる。
その点を念頭に置くと、まず接客や営業、外食の仕事は候補から外さなければならない。
どうしても接客をしなければならないとしたら、なるたけ客層が限られた小売店の店員がいいだろう。
コンビニやファミレス、レジャーランド、ド○○○ーテというスポットは、灯火に引き寄せられる羽虫のように、常識のない頭のいかれた人間がひっきりなしに現れる場所なので、カスタマーハラスメントのリスクが大である。
それと比べると、これは僕の経験則なのであるが、同人誌やラノベやアニメグッズを販売する店は働きやすかった。
今は知らないが、僕がアルバイトをしていた2011年当時は、大半は男性の若者で穏やかな気質の人たちばかりなので、非常に接客がしやすかった。
少なくとも、僕が働いていた十数ヶ月の間、客とのトラブルに出くわしたことは一度もない。
あとは、J○○G○Aなどの楽器専門店や、○善などの大型書店も、頭のおかしくて話の通じない人とエンカウントするリスクは皆無だろう。
理由は至ってシンプルで、頭のおかしい人間には楽器が弾けないし、本も読めないからだ。
彼らはとにかく教養や文化、学問といった方面には全く通じていない。
彼らは人が多く集まり、分かりやすくて、手間をかけずに快楽が得られるものを求める傾向がある。
だからこそ、U○Jやデ○○ニーのようなレジャーランド、居酒屋やカラオケ、コンビニやファミレスによく出没するが、書店や図書館や美術館にはまるっきり姿を現さない。
彼らからすれば、書店や図書館や美術館は、頭は使うし、退屈だし、面白くないからだ。
一種の偏見かもしれないが、僕はこれについてはかなり蓋然性は高いと自信を持って言える。
満員のファミレスに入れば、馬鹿騒ぎしているヤンキーが1組か2組見受けられるものである。
しかし、僕は十数年、ことある毎に書店に足を運んだが、店員に怒鳴り散らしたり、大きな声を上げている迷惑な客は、1人も見かけたことがないのだ。
だから、小売店に限定しつつ、変な客とのトラブルを可能な限り避けたいのであれば、僕はコンビニではなく、書店のアルバイトに応募するだろう。
あと、教師や講師、コーチといった、何らかの指導的立場に立たなければならない仕事もやらないほうが無難である。
これらはいずれも不特定多数に対して、指導や教育といった独特な形で、否が応でもコミュニケーションを取らなければならない。
そして、その不特定多数というのは全員、善意の持ち主ではない。
学校の教師に至っては、厳しく叱れないがために、生徒の取り扱いに困り果て、挙げ句の果てには学級崩壊に至るという話をよく耳にする。
また、子が子なら親も親で、問題児の親はたいていモンスターペアレントであり、教師を責める態度は熾烈を極めるという。
しかも、良くも悪くも1年ごとにクラスが替わる。
よしんば、問題なく受け持つことのできたクラスであっても、次のクラス替えで問題児のいるクラスになるかもしれない。
そうなれば、次の年度になるまで、穏やかに仕事することなど無理だろう。
自分の能力に見合い、面白みややりがいを求めず、なるたけ人とかかわる仕事に就かないこと。
この3点に気をつけてたどり着いた先が、工場で働く派遣社員という身分であった。
もうすぐ8年目。
この仕事が恐ろしいほど性が合っている。

のんき者は生きている

また1年が終わろうとしている。
思い起こせば、2024年もいろんな出来事に巻き込まれた。
良いことも悪いこともあった。
派遣先の不正によるのべ4カ月にもわたる休業、借金を踏み倒したMさんの略式起訴、2度目の財産開示からの債権執行、一念発起のダイエット、インドネシア語検定試験の受験、2度目となる文学フリマの出店、などなど。
なんやかやありつつも、人生の航路は低空飛行を維持しつつ、なんとか生きたまま新年を迎えられそうである。
そうして、嬉しい個人的なニュースを取り上げるとするならば、貯金が数十万円ばかしできたことだ。
家計のやりくりに関しては、去年と変わらずいい加減で、金遣いの荒さばかりが目立つ。
しかし、8月からMさんの給料の4分の1を差し押さえてきた恩恵に浴した結果、貯金が生まれたのだ。
まあ、元を辿れば、僕のお金なのであるが。
そして、時間が相変わらず少ない。
やりたいことに対して、時間が圧倒的に不足している。
買った本は積もられたまま、ブログの更新は滞ったままである。
インドネシア語の勉強もやったりやらなかったりと、隙間時間を見つけて、細々と断続的に続けられている程度のものである。
そのうえ、中島義道先生主催の哲学塾カントの講義を申し込んで、サルトルベルクソンといった哲学書の原書講読のようなものにも手をつけ、2日に1度は14km(派遣先の工場と自宅の間の距離)をランニングしているので、いよいよ、生活の慌ただしさが加速度的に増してきている。
そんな生活を数カ月続けてきた感想としては、「二兎追うものは一兎を得ず」とは意味が少し違うかもしれないが、どれもこれも中途半端に終わって、極められないような気がして仕方がない、ということだ。
もし2025年の課題を挙げるとするなら、時間管理の徹底であろう。
やるべきことの優先順位をつけ、優先度の低いものの時間を減らし、その分を優先度の高いものに振り分ける。
その理屈を生活において徹底させねばならない。
ここまで真面目に時間の使い方について知恵を絞らねばならない目に遭ったのは、35年生きてきて初めてのことだ。
あまりにも時間の事を考えすぎて、自炊する時間が惜しくなり、最近は外食か、卵かけご飯しか食べていない。
ああ、それにしても数カ月のブランクが祟って、本当に文章がまずくなった。

認知してっ!ー文学フリマ大阪12大反省会ー

去年に引き続いて今年も、文学フリマ大阪に参加してきた。
出店数も来場者数も過去最高を記録し、会場は閉場のアナウンスがあるまで盛況であった。
今回は、新刊を1冊刷ってきた。
かつて工場で一緒に働いてきた同僚のYにふりかかるいざこざをまとめた本である。
『泥沼』と題されたその本は74ページで、さらにカラー口絵4ページも付け加えたため、原価はかなり高くなっている。
それを30冊刷ってきた。
およそ35,000円にのぼる印刷代に、6,000円の出店料を上乗せすると、販売価格は1,400円以上に設定しないと、元は取れない計算であるが、当日は出血大サービスの700円で販売した。
たとえ僕の拙作が優れていたとしても、名も無き個人サークルの、1,400円のする高額な同人誌には、誰も購入しようとは思わない。
よほど有名な作家さんが在籍する大きなサークルで、まとまった数の固定ファンの来店が見込めない限り、1,000円以上の価格設定に踏み切れない。
なので、手に取りやすさを重視して、価格を700円にさせていただいた。
他にも既刊が『のんき者の手紙』と『Mの踏み倒し』の2作品もブースに並べ、計3作品を販売することにした。
このうち、『Mの踏み倒し』の在庫はたった4冊と僅少であった。
これは去年の文学フリマ大阪の新刊で、友達が買ってくれた分を除けば、20冊も売れた作品である。
前回では広く行き渡った分、今回の文学フリマで完売も十分期待できる。
もしかしたら、新刊よりも求める声が多いかもしれない。
なので、あらかじめXで在庫僅少であることを告知しておいた。
今年はブースに、サインホルダーを2つ用意した、
これは一見すると何度も折り曲げてある透明なアクリル板にすぎないが、折り曲げた箇所にA4用紙を挟み込んで机に置くだけで、立派な看板に早変わりする便利な商品なのだ。
去年の文学フリマで、無名かつ初出店にもかかわらず、どうして20冊も売り上げられたかというと、POPがかなり集客に貢献したからである。
初参加の文学フリマでは、ブース設営の勝手が分からず、とりあえずほA4のホワイトボードに水性ペンで、新刊だった『Mの踏み倒し』の紹介文を汚い字で書き殴り、書見台に立てかけてみた。
その時は、ホワイトボードのスペースが狭かったため、新刊の広告しか書けなかった。
それから、その日の販売冊数はどうなったかというと、新刊は20冊売れたが、既刊は0冊であった。
この結果を見て、僕は広告業界がどうして儲かるのかが理解することができた。
商品としては二流三流であっても、広告会社に多大な宣伝費を支払って、芸能人が出演しているキャッチーな広告を、テレビやネットに載せてしまえば、人々はこぞってその商品を買いあさる。
宣伝費を全くかけていない一流品には、目もくれない。
せいぜい、本物の価値を知る一部の好事家だけが、一流品に辿り着ける。
それと同じで、文学フリマのような同人誌の即売会にあっては、まずはPOPが肝要である。
POPはわかりやすく、人の目を引きつけられるものであればあるほど、通りゆく人々に手に取ってもらえる可能性は高くなる。
逆に全く宣伝がなければ、お客さんは素通りする。
情報が不足しすぎているので、自分の欲しいものかどうか分からないからだ。
POPの有無で販売冊数において明暗が分かれた前回の文学フリマの反省を踏まえた上でのサインホルダーである。
ブースの設営が終わるとまもなく、一般者入場の時刻を迎えた。
ブースの島と島の間をお客さんが埋め尽くし、視線を長机の同人誌の上に落としながら、どんどん歩いて行く。
気になる作品が見つかれば、本を手に取り、パラパラと頁をめくり、気に入れば買っていく。
自分のブースで黙って座っている僕は、やきもきしながら、お客さんの動きを観察しているだけである。
お客さんはどんどん僕のブースの前を通り過ぎていく。
POPは目に入っているはずである。
けれども、お客さんは眉一つ動かさず、通り過ぎていくばかりである。
なぜだろう? 面白くなかったのだろうか? このまま1冊も売れなかったらどうしよう?
思った以上に売れず、時間ばかりが過ぎていく。
しだいに胃のあたりがキリキリと締め付けられる。
そのうち、あるお客さんが僕のブースに立ち止まって、既刊を購入してくれた。
お客さん曰く、去年の文学フリマでも買ってくれたという。
読み応えがあるというお褒めの言葉を授かり、心に埋め尽くしていた霧が晴れ渡るかのようであった。
それからぽつぽつと僕の本を買い求めるお客さんが現れた。
全ての本にPOPを用意したおかげで、前回とは打って変わって、新刊も既刊も満遍なく売れた。
それから16時になろうとする頃から、お客さんの足が遠のいていき、待ちぼうけの時間となった。
その折りに、僕はブースを一旦抜けて、お客さんになったつもりでブースの島と島との間を歩いてみる。
お客さんの目線は果たしてどういったものなのか、実際に体験してみたかったのだ。
分かったことは、めまいがするほどたたき込まれる膨大な情報量であった。
ブースとブースの間の通路は狭く、そこを多くの人が行き交う状況にあっては、自身が迷惑になる存在にならないよう気遣いを働かせれば、じっくりと1つ1つのブースの出し物を吟味しながら、のんびりと立ち止まってはいられない。
本当に目当てのブースを発見しないうちは、一定の速度を保って進んでいかねばならない。
2つのブースに割り当てられる長机の長さは約1.8m、それが15脚並べたのが、ブースの島の長さとなる(もちろん、壁際のサークルなどはその限りではない)。
単純に計算すると27mになるが、それだけの距離を歩き通そうとすると、どんなに遅く歩いても、おそらく3分はかからない。
そして、その距離の間には、片側だけでも約30ものブースが軒を連ねており、さらにそのようなブースの島自体が10以上ある。
もちろん、お客さんの予算も無尽蔵にあるわけではない。
せいぜい、多くても1万円ではないだろうか?
計算しやすいように、お客さんの予算を1万4000円とし、1つのブースで700円の本を1冊販売していると仮定すると、お客さんが本を購入するために立ち寄ったブースの数は20となる。
1万4000円は、予算にしてはかなり多めな数値に設定してしまったが、それでも数百あるブースからたった20しか回れないのだ。
貴重なお金を、めぼしい本に費やしたい。
自然、財布の紐がきつく縛られる。
そうなると購入の決め手となるのは、情報である。
来場する前に、事前にwebカタログをチェックして、お目当ての作品を見繕っておく。
そうでなければ、その時々の偶然にまかせて目についた展示物のあるブースの作品を購入するだろう。
先ほど述べたように、30m弱の距離の間に、両側で60ものブースがある。
単純に歩いてみるだけなら、1つのブースを見るのに費やすことのできる時間はわずか1秒足らずである。
その1秒足らずの瞬間で、お客さんの気を引くためには、やはり宣伝にひと工夫がいる。
その点において、作品の表紙が漫画のイラストだと、かなり強い。
文学フリマは、文字で表現された作品が大半であるが、一瞬間のうちにお客さんの気を引くためだけなら、文字よりイメージのほうが、印象に強く刷り込まれる分、手に取ってもらいやすい。
僕自身、お客さんになったつもりでブースを歩いた10分足らずのあの時間を、今になって振り返ってみると、思い出せるのはウルトラマンが表紙を飾った作品だけである。
それだけ、イラストがもたらす印象は強烈なのだ。
あいにく僕は、イラストに関してはからっきしできないなので、表紙は出版社のテンプレートの、いかにも抽象的といった感じのデザインしか用意できなかった(個人的には気に入っているが)。
もちろん、それだけでは中身が伝わりにくいので、買ってもらう動機付けとしては、効果が薄い。
なので、サインホルダーを用いたPOPを用意したのだが、お客さんになったつもりで歩いてみると、僕の自作のPOPはあまり出来がよくないと気づかされた。
あらすじを細かく詰め込みすぎて、じっくり読まないと理解できない仕組みになっていたのだ。
これでは瞬間的に一瞥するだけのお客さんの心を掴むことはできない。
次回からは、もっと短く、もっとキャッチーに表現すべきであろう。
こうして、なるたけ多く冊数を売りさばく工夫に頭を使ったのだが、考えている途中で無性に虚しくなった。
これが僕のしたかったことなのか、と。
身の上話を書いて、ブログに投稿し出したのは十数年前の大学生の頃だった。
その頃から書くこと自体が、書いて自分の胸の内を吐き出すこと自体が目的であり楽しみでもあり、その価値観は長年変わることなかった。
僕にとってブログというのは、対面では上手に伝えきれない本音や悩みを、周りの人たちに間接的に知ってもらうための道具でしかなかった。
そのため、知り合いしか読まないブログのアクセス数は、常に1桁台であったが、むしろそれが当たり前といった感じで、全く気にしなかった。
しかし、妙なことに、ブログの文章を同人誌に仕上げ、文学フリマに出店し、作品をお金と交換するようになると、むくむくと自己顕示欲なるものが頭をもたげてくる。
とにかく、多くの人に買ってもらいたい。
多くの人に面白かったと言ってもらいたい。
多くの人にSNSで感想を言ってもらいたい。
そして、他人のブースの売れ行きを間近に眺めて、心の内で一喜一憂する。
あるブースより売れ行きが良かったら嬉しくなり、また別のブースの売れ行きが僕のより数を凌いでいたら羨ましくなる。
自分だけの楽しみのうちに留まっていた間は、想像もできなかった俗気が湧き上がってきて、落ち着いていられない。
思えば大学時代の山岳部でもそうだった。
登山は、他のスポーツのように、勝敗を争う類いのスポーツではない。
だから、たとえ低山の日帰り登山でも、体験それ自体の価値が劣るわけではなく、本人が楽しんでいたらそれでいいのだが、周囲の部員からやれ冬山登山だ、やれ海外遠征だという話ばかりを耳にすると、否応がなく他人と自分を比較してしまい、自分自身がみじめに思えてくる。
まあ、同じ部活に入っていたのだから、成長のチャンスは等しくあったに違いないが、いろいろあって、あっけなく頓挫したわけであるが。
僕の経験則であるが、元々勝敗を決しなければならない訳でもない分野で、人に勝りたいとか、人より優れていたいとかいうような俗気が出てきたら、その分野から距離を置くのが健全である。
でなければ、よからぬ勘違いを起こして、周りの人に悪影響を与えかねない。
僕自身、当時は部活から離れて自宅に引きこもったり、大学のキャンパス内をひとりでぶらぶら歩き回っているうちに、うつ病から回復しなかったものの、自己顕示欲に苛まれることはなくなった。
そりゃそうだ。
比べる対象がいなかったのだから。
競争すること、切磋琢磨すること自体は悪いことではない。
しかし、努力でどうすることもできないまま、固執していても、心が腐るばかりである。
自分が勝手に腐るのは別に良いとしても、いずれそのフラストレーションを周りの人にぶつけて、害を及ぼすかもしれない。
勝てそうな勝負であれば、一所懸命に努力すればいい。
勝てる見込みがなければ、潔く身を引くのが吉である。
そうして、誰とも競争することのない自己表現の世界に身を置いて、長年満足していたが、ひょんなことから忘れていた嫌らしい感情を思い出してしまった。
文学フリマの翌日、僕はいつものランニングコースを走っていた。
ダイエットのつもりで走り始めたのは4カ月前、それから週に4日は14kmのコースを走っている。
おかげで体重は10kg減らせた。
最初のきっかけは、腹回りの贅肉をなくすことであったが、できることなら、このまま練習を続けてみて、いずれハーフマラソンやフルマラソンに挑戦してもいいのかもしれない。
先に述べたことから分かるとおり、僕は競争というのを好む質ではない。
だが、文学フリマの経験を経て、考えが少し変わってきた。
競争は嫌いだ。
それを避けるのは構わない。
しかし、誰彼と争う必要も無い場所で、人と比較して優越感に浸ったり、劣等感に苛まれるのであれば、むしろ、どっぷりと白黒はっきりつけられる勝負の世界に浸かったほうが健全なのではないか?
ラソンの優劣は、完全に数字で明確に決まる。
どんなに努力していても、関係ない。
タイムの数字で、客観的に決まるのだ
文学フリマのように、お客さんの好みや、宣伝のPOPなどのような曖昧な基準で優劣が定まるわけではない。
決するのは、自分の体力と走る能力だけ。
それ以上でも以下でもない。
だから、負けたとしても、記録が伸びなかったとしても、納得がいく。
反省点も掴みやすいので、次も頑張ろうという気にもなりやすい。
まあ、これからさらにむら気を起こして、そんな目標も放り出してしまうかもしれないが。
話を戻そう。
前回に続いて、文学フリマ大阪12でもたくさんのお客さんが来て、新刊・既刊合わせて16冊売ることができた。
それと同時に、同人誌にして売ることの虚しさも見えてきた。
たくさん売ることばかりに腐心するあまり、ともすれば書き始めた初心を見失いそうになる。
元来書くだけで満足していた執筆活動に、数字は無用である。
売上げやいいねの数、アクセス数ばかり囚われるようであれば、もうやめたほうがいい。