のんき者の質問

私は現在、X歯科医院で虫歯治療をしているのですが、そこでの処置について腑に落ちない点があるので、このたび質問させていただきました。

治療している歯の箇所は、下顎右側6番の歯です。
元々は数年前にY歯科医院にて、根管治療を施し、CAD/CAM冠を被せてもらった歯なのですが、今年の5月頃に、別の歯と同時に虫歯になってしまいました。
あいにくY歯科医院は予約が取れない状況が常態化していたため、やむなくX歯科医院への転院を決意し、そこで治療してもらうことにしました。
まず、もう一つの歯の治療を治療してもらいました。そして、問題の歯の治療に移ったのは6月後半です。
そのときは、たしか、CAD/CAM冠の被せ物を外し、虫歯になっている神経の箇所を削り落とし、薬を詰め、仮蓋をするという処置をしてもらったように記憶しています。
そして、約1カ月後の7月24日に、治療の続きをしてもらうことになりました。
違和感を感じたのは、この日の治療で撮影したレントゲン写真を観ながら説明を受けたときでした。
それには、問題の歯の歯根と歯根の間の歯槽骨のところに、白い棒状が映し出されていました。
そして、先生の説明によれば、歯根と歯根の股のところにどうやら穴が開いていたようで、そこに仮蓋の素材が歯槽骨に漏れ出てしまったとのことでした。
おそらく、転院する前のY歯科医院で誤って穴を開けられてしまい、そのまま被せ物をしたと推測されるとおっしゃっていました。
また、本来あるべきものではない素材が歯槽骨に溜まってしまったので、今後もしかしたら歯茎が腫れたり、歯が痛くなってしまうかもしれない、そうなったら歯を抜いてブリッジを渡すかインプラントにするしかないともおっしゃっていました。

その時の僕は、ただただ頭が真っ白になって絶句するだけで、質問もできず、はいはいと返事することしかできなかったのですが、家に帰ってから、冷静になって考えてみると、門外漢の自分でさえもおかしいと納得できない点をいくつか思い至りました。
まず1つ目に、詰め物の素材が歯槽骨に流入する穴が、転院する前からあったとすれば、なぜ6月の治療の時は流入しなかったのかという点です。
素人の臆断で恐縮ですが、おそらく6月と7月24日の治療は、治療する神経の部位が違うだけで、施した処置の方法や内容は変わらないだろうと推察します。
もしY歯科医院にて、あってはならない穴を開けられたのであれば、6月の治療の段階で、歯槽骨に素材が漏れ出てしかるべきだと思われます。
にもかかわらず、それが6月の時には起こらず、7月24日の治療の時には起こってしまった、その点が何とも不可解に思われます。

そして、2つ目ですが、百歩譲って治療を施す前に穴があったとしても、なぜ医院長たるお方がその穴の存在を予見できなかったのかということです。
レントゲンを見た限り、詰め物の素材は歯根と歯根の股の付け根から、歯根の末端にまで至っていました。
それだけの量の素材が流入するとなれば、おそらく目視で確認できるほどの直径を持つほどの穴ではないでしょうか?
そして、もしそうだとすれば、医院長がその穴を見逃すことなどあり得るのでしょうか?

また、以前に僕が診察台の椅子に座って治療を待っていたとき、たまたま隣の患者さんに説明しているのを耳にしたのですが、その話はというと、虫歯の治療の際に、治療器具の一部が折れて歯茎の中に残ってしまいもはや取り除くのは困難だというようなものでした。
あの時は、かのような医療過誤がまかり通っていいのかと戦慄させられました。
もし、僕がその患者の立場であったら、到底その説明で問題を終わらせることに納得できなかったでしょう。

以上のように、詰め物が漏れ出て初めて発覚された穴の存在、そして過去に引き起こされた医院長の医療過誤の点を踏まえると、7月24日の治療で誤って穴が開けられ、それに気づかずそのまま仮蓋の処置を施した結果、詰め物が歯槽骨に流入してしまったと捉えるほうが自然です。
なんなら、病院経営のために、不必要な治療や高額なインプラント治療に、患者を不当に誘導させるための悪質な手口だと受け取られても仕方がない事案だと推量します。
場合によっては、法的手段も検討しなければならないでしょう。
いかがでしょうか?

要約『存在と時間』 第三節

第三節 存在問題の存在論的優位

 

これまでの考察で、存在は問われるべきものでありながら、明確な答えが欠けていること、精確な問題設定の見通しを立てることは一筋縄ではいかないことが述べられた。

しかしながら、存在への問いという途方もない問題を前にして、はたしてこの問いに関わることに何の意味があるのだろうかと、首を傾げる者があるかもしれない。

存在への問いというのは、難解な術語を振り回して一部の者の知的能力を満足させるだけの空論にすぎないのか、それとも、誰にとっても実りがあり、そのために明らかにせねばならない本質的な議論なのか。

そこで、これから存在への問いというは、ずばり後者であることを確かめていこう。

まず、歴史学や物理学といった学問は、歴史学なら歴史、物理学なら端的な自然という特定の事象領域が、学的探究にふさわしい対象として取り上げられ、主題化されたものである。

そうして、学問として昇華させられた諸事象領域は、遂行される学的探求によって、限界づけられ、引き立たされ、「諸根本概念」が確立されるのである。

学的探求の始まりにおいて、「諸根本概念」は大まかで素朴な者に過ぎない。

そして、学的探求に進歩が認められるとすれば、それは「諸根本概念」から端を発した研究の成果が増加、拡大することにあるのではなく、そこから改めて「諸根本概念」を問い直すことにあるのである。

問い直す過程において、学問を定義づけ、領域を限界づけていた「諸根本概念」に修正を求められる場合もある。

例えるならば実証的な研究という建物が増築に増築を重ねるにつれ、「諸根本概念」という名の土台が、果たして依然として建物を支えるに足る耐久力を保持しているのか確認し、必要ならば補修しなければならないということだ。

そして、場合によっては、新たに「諸根本概念」を築いて、その上に研究成果を置き移すことも検討されうる。

歴史学には歴史学の、物理学には物理学の主題となる事象領域が存在する。

そして、それらの事象領域は先行的に了解され、定義づけられている根本概念と呼応することによって、正当なものであると認められる。

換言すれば、研究が障害にぶつかったとき、そのつど「歴史学とは何か?」「物理学とは何か?」と、その学問の定義にまで遡り、研究成果と定義との整合性を図ることによって、今いる事象領域が真正であるかどうかを確認するのである。

しかし、「○○とは何か?」と根本概念を問い直すだけでは足りない。

根本概念を存在者的に捉えただけでは、その根本概念を十分把捉したものとは言えないのである。

そうではなくて、根本概念を支えている存在の構造にまで深掘りして解釈することが、諸学を基礎づけるのである。

「歴史学とは何か?」ではなく「歴史学であるとはどういうことか?」と、可能性の情景を存在論的に問うて見通しをつけることが、諸々の学問を基礎から捉えることを意味するのである。

しかし、そうした個々の特殊な分野において存在論的に問うことは、結果として、それらの諸々の問いは、存在一般を問う存在論に行き着く。

「歴史学であるとはどういうことか?」「物理学であるとはどういうことか?」というふうに、別個の問題であった特殊存在論的な問いは、「存在とは何か?」という存在一般を論究する問いへと、僕たちを導くのである。

そうして、存在一般そのものの意味があきらかにされない限り、どれだけ諸学の存在論の論究が進んだとしても、その意図や目的が達成されることはないのである。

こうして、存在一般の意味を問う研究はあらゆる学問の探究の優位に立つ。

存在への問いに見通しをつけること、その問いに関わることが、あらゆる学問を根底から揺るぎないものにするのである。

要約『存在と時間』 第二節

第二節 存在への問いの形式的構造

「存在の意味への問い」を設定することが、喫緊の課題である。
存在への問いへと至る道が閉ざさされる原因となった、いくつかの先入見を払いのけ、僕たちは今すぐにでも問わねばならない。
とはいうものの、ただ闇雲に、漠然と問いかけても、その試みは挫折に終わることだろう。
「存在とは?」と腕を組んで、首を傾げていただけでは、何十年経っても答えは明らかにされないだろう。
僕たちは真剣に問うていかねばならない。
そのためには、「問う」という行為の持つ構造について、整理しておく必要がある。
まず、あらゆることについて僕たちは何かしらの意味を問うとき、その時点で、探求されている方からあらかじめ方向が定められている。
また、その問いが漠然としたものではなく、根本的な探求であるとき、探求されている方向へ進む道筋を阻む邪魔物や障害物を払いのけつつ、規定するという特徴を持つ。
そして、探求の方向を決めるのは、問われているもの、問いかけられているもの、問いたしかめられるもの(問いによって得られるもの)、この3つである。
そして、なんらかのものを根本的に探求しようとする際には、この3つの観点をまずは明らかにしなければならない。
例えば、姫路行きの新快速の発車時刻が知りたくなったとき、僕は駅員さんに声をかけて訊ねるだろう。
それから、駅のホームに立って電車を待っていると、たしかに駅員さんに教えてもらったとおりの時刻に、電車がやってくるのを確認することができる。
この一連の出来事を、問いを構成する3つの要素に分解すると、問われているものは京都駅行きの新快速であり、問いかけられているものは電車自体であり、問いたしかめられるのはその発車時刻である。
このようにして、問われているもの、問いかけられているもの、といたしかめられるものの3つがはっきりしている場合、その問いの問題設定は明らかな形で示されているといえる。
ここで、話を存在に戻そう。
存在の意味について問うとき、道順や時刻を訊ねるのとは違った、微妙な問題がはらんでいることが、おのずと気づかされる。
僕たちは訊ねる道順が、目的地にたどり着くためのものであることを知っているし、電車の発車時刻を訊ねるのは、乗るべき電車に乗り遅れないようにするためであることも知っている。
僕たちが何かしらを問い、何かしらを訊ねるとき、常に問われるもの(道順や発車時刻)と問いたしかめられるもの(目的地や電車)が相伴っている。
しかし、存在の場合、事情が異なってくる。
「存在とは何か」「存在するとはどういうことか」「存在とは何であるか」
存在についてその真正な意味を明らかにしようとするとき、上記のようにいくつかにヴァリエーションが生じるかもしれないが、僕たちは自らの言語を用いて、何らかの形で問うことができる。
しかし、例えば、その問いの中にもすでに「存在とは何であるか」の『である』のような形で存在をそれとなく把握し、日常言語において使いこなしているのである。
ただ、それを明瞭な概念を与え、意味を捉えようとするとき、僕たちはそのつかみどころの無さにようやく気づき、困惑を覚える次第であるのだ。
この漠然とした捉えどころのなさこそ、僕たちの直面するれっきとした事実である。
だが、だからといって、僕たちは悲観するにはあたらない。
僕たちの持つ存在についての理解、つまり存在了解がぼんやりとしたものであるからこそ、それを明るくはっきりとしたしたものに仕上げようという動機づけが働くからだ。
僕たちは存在について何かしら知っている。
しかし、それは霞がかかったようにぼんやりとしていたり、暗くなっていたりする。
では、どんな障害物や邪魔物が僕たちの存在了解をぼんやりと、暗くさせてしまっているのか。
存在の意味へといたる探求において、これらの点を念頭に置かねばならない。
さて、ここで先述した問いの諸構造に、存在の意味への問いになるように、必要な項目を当てはめていこう。
つまり、問われているものは存在、問いかけられているものは存在者、問いたしかめられるもの(問いによって得られるもの)は存在の意味となる。
まず、問われているものにあてはまる存在であるが、これは存在者(広く「あるもの」と同義であるもの。感覚器官や思考能力の対象になる得るもの)を存在者として根底から規定するものである。
かといってこの存在そのものは、ある1つの存在者というものではない。
『存在者の存在はそれ自身一つの存在者で「ある」のではない』
だから、僕たちが存在者を存在者として規定するのとはまた別の様式を必要とする。
それ故に、問いたしかめられるものである存在の意味についても、例えば「人間とは哺乳類である」というような存在者を定義づけるのとはまた違った固有の概念性が要求されるであろう。
そして、問いかけられているものは存在者である。
存在者と一口に述べても、その示されるものは多種多様である。
例えば、パソコン、本、部屋、国家、天国、数字、明日の予定、思い出、等々。
私が対象として感じたり考えたりする、あらゆるものが存在者である。
ある存在者がおのれの存在の特徴を誤りなく呈示することができるためには、問いかける者に対して存在者が存在しているとおりのものに接近しうるものになっていることが必要である。
つまり、問いかける者に対して、パソコンがパソコンであるとおりに、本が本であるとおりに、国家が国家であるとおりに、思い出が思い出であるとおりに、現れていることが肝要である。
知り合いだと思って声をかけたら、マネキンの人形だった。
この場合は、マネキンの人形は声をかけた者に対して、知り合いとして存在していなかった、つまり、問いかける者に対して存在しているとおりに接近しうるものになっていなかったことになる。
だから、そういう類いのものは、問いかけられるにふさわしい存在者の選別において、候補としてはふさわしくないことになる。
では、これを踏まえて、どういった存在者が問いかけられるものとしての役目を担わせるのにふさわしいのか。
どの存在者が存在の意味を明らかにするのにふさわしい手本(範例的存在者)となるのか?
そして、そのような存在者はどのような観点から、他の存在者より優位となるのか?
存在の意味を問うという問いを、漠然としたものから、有意義なものに仕上げるするために必要なものは、まず存在を眺めやる仕方や、存在の意味を把握しそれを概念として捉える仕方を突きつめて明らかにすること、また、範例的な存在者を正しく選び取り、その存在者をあるがままにあるとおりに近づくことである。
そうしたことが問いを構成している要素であり、ある特定の存在者の在りようであるのだが、そうした態度を取り得る存在者というのは、僕たちに他ならない。
僕たちこそがおのれの存在を眺めたり、概念として解明したり、ふさわしい存在者を選び取り、近づいたりして、その存在の意味を問いかけることができる。
だけでなく、問いかける以前に、このように問いかける者として、始めから規定されている存在者でもある。
僕たちを取り囲む諸々の存在者へ目を転じてみると、例えばパソコンや本や思い出は存在への理解を一切持たないし、問いを立てることをしない。
これらは存在においては一切の沈黙を保っている。
僕たちだけがはっきりとした形式ではないにせよ、存在について漠然とした理解を持ち、存在について不思議がり、問いを立て、何らかの概念性を目指して存在を探求する可能性に取りかかることができる。
そのように存在にコミットしていく存在者、それこそが「現存在」と呼ばれる。
「先ず隗より始めよ」ということわざを引き合いに出すのではないが、一般的な存在の意味を究明するためには、まず存在の意味を問いかける僕たちの存在そのものを手がかりとしなければならないだろう。
しかしながら、この企てには1つの懸念材料がある。
それは循環論証に陥るのではないかということだ。
存在は「○○がある」という具合に、時間的空間的にあらわれたり、僕たちの知覚や思考の対象になりえたりするようなものであると同時に、「○○は△△である」という具合に、○○を△△として規定する繋辞としての役割をもつ。
かりそめにも、「存在は□□である」という具合に定義できたとしても、「□□である」という問いに対する答えの中に、問われている「である」が含まれている。
そこで、さらに「□□である」の「である」という存在を定義づけようとして、『「□□である」の「である」は、××である』と、さらなる問いの答えを呈示し得たとしても、またその答えの中に問われるべき「である」の存在が生じてくることになる。
このように、答えを捕まえたとしても、さらなる同じ問いが生じて、定義することができない現象を「循環論証」と呼ばれる。
存在の意味を問うことは、こうした「堂々巡り」を繰り返すだけの不毛な企てになりはしないか。
しかし、存在の意味を問うことは、どのような循環も存在しない。
僕たちは、僕たちの存在によって規定され、本質づけられているが、かといって、僕たちが関わり合っている存在についてはっきりとした概念を持ってはいない。
問いかけ、定義づけようにも、答えに含まれる「である」は、ぼんやりとした理解しか、僕たちはもってはいないのだ。
その「である」には曖昧模糊としているがゆえに、ふたたび新たな問いとして変化するほどの、推進力は持たない。
大凡の人がもつ存在についての理解、つまり、平均的な存在理解が僕たちの中にある。
そして、それは、問うという仕方で自身の存在に関わり合う僕たち、つまり現存在の本質でもある。
現存在たる僕たちは、僕たちの存在を眺め、その意味を究明しようと問いを立てるとき、それは平均的な存在了解から始まる。
そして、問いかけることによって、先行的にある解答に導く通路を塞いだり邪魔物を取り払い、暗くて、ぼんやりとした存在の意味を明るくはっきりしたものにするのである。
決して、問いと答えをぐるぐる回るような「循環論証」とはならない。
問いの構造の中には、「循環論証」はない。
しかし、問いかけるという行いにおいては、問いかけられているもの(存在)が僕たちと関係づけられているがために、当惑させられていることはあるだろう。
あたかも、友人のいたずらで背中に貼られたテープを剥がして取り払おうとしても、両手が届かないがために、次第に苛立たしさが募ってくるように。
しかし、そうした当惑を感じるのは、僕たちが問うという存在様態を持っているからであり、曖昧ではあるが存在了解を持ち、それを究明しえる存在可能性を持っているからである。
そうして存在そのものにコミットできる現存在ことが、存在の意味を立て、それを精確なものに仕上げるという一連の存在問題において、他の存在者を凌いで、優位にあるという証明でもあるのだ。

要約『存在と時間』 第一節


第一節

僕たちはありとあらゆるものについて、それも有形無形を問わず、「存在」という言葉を用いて、その都度あらわにしている。
しかし、肝心の「存在」そのものについては、人々は曖昧模糊とした理解しか持たれないまま今日に至る。
その問いはプラトンやアリストテレスにおいて探求されたまま、ほおっておかれている。
それどころか、「存在」は定義することのできない概念で、もはや問いたずねる必要のないものとも見なされている。
なぜそうなのか。
今からその原因となる、存在への探求を阻んでいるいくつかの先入見について分析していきたい。
しかし、その前に「存在」という語が持つ2つの使われ方について検討してきたい。
まず、存在とは「りんごがある」「心がある」というところの「~~がある」、つまり「存在する」に相当する。
ある具体的な事物が時間的空間的な場所において、あらわになっているもの。
目で見たり、手で触ったりするなど、感覚器官を通して、とらえることができるだけでなく、たとえ目に見えなくとも、僕たちが考えたり、想像したり、感じたりできるもの。
つまり、感覚器官や思考能力の対象になり得るもの。
以上のそうしたものがあり、存在すること。
それが存在という語の使われ方の1つだ。
次に、存在という語は、「~~である」というふうにも用いられる。
「犬は動物である」「日本は島国である」というふうに、述語が主語の在り方を決めたり、特定の属性を付与したりする。
つまり、「~~である」が主語と述語を結びつける繋辞の役割をになっている。
存在は「がある」と「である」という形で、ありとあらゆるものに述語づけられている。
存在について探求するとき、僕たちはこの二義を念頭において、考えていかなければならない。
閑話休題、存在への問いを阻む先入見についてだが、それは以下のものが挙げられる。
まず、「存在」は普遍的な概念であるという先入見である。
一般的に、あるもの持つ意味や概念を明らかにしようとする場合、より広い範疇の概念、類概念を引き合いに出して定義できる。
例えば「この私は人間である」、「人間とは動物である」、「動物とは生物である」という具合に、主語の概念に対して、包括されるより広い類概念を述語として結びつけることで、主語概念の何たるかを明確にする。
だが、「存在」そのものについては、類概念をあてはめて分析することができない。
「存在」そのものを明らかにできる類概念が存在しないからである。
たとえ「存在とは~~である」と定義しようにも、その定義の中に「~~である」が含まれおり、定義の中に定義するべき言葉が使われているわけで、堂々巡りの結果になってしまうからである。
ゆえに、存在という語はあらゆるものを包括する普遍的な概念であるとともに、あらゆる類概念を超越する者とも言える。
人知による論理をはるかに超越するその特徴故に、中世においては存在は神と同一視されていたほどである。
しかし、「存在」が普遍的な概念であるからといって、その概念そのものが明瞭になったわけではない。
「存在」とは普遍的な概念であること、それ以上の認識に人はいまだに到達したわけではないのである。
だからこそ、「存在」は定義不可能な概念とされる先入見がはびこる。
定義するとは、より高次の類概念をあてがったり、より低次の概念によって語ること。
そうした論理学によって導こうとする限り、「存在」は定義しようとする僕たちの試みから逃れ出るのだ。
それとは別に、そもそも「存在」とは自明のものなのだという別の先入見もある。
僕たちが語るところ、考えるところにおいて「存在」という語が使われており、互いにその意味するところを通じている。
「存在」そのものの意味は分からなくとも、僕たちはそれについて困惑することはない。
だからこそ、いちいち「存在」について問う必要はないのだと、この先入見は僕たちの耳元にささやくのだ。
以上のように取り上げた主たる先入見によって、僕たちは「存在」について問う必要がないのだとされている。
しかし、だからといって、はたして問いを立て、問いを精確に仕上げる必要がないのだと言えるのだろうか。
「存在」はたしかにありとあらゆるものを包括する普遍的な概念であろう。
かといって、普遍的な概念それ以上のことは述べられていないのであり、その内実は依然として不明瞭である。
そうした不明瞭さは、逆に僕たちをして、存在について改めて問い直す動機づけとなる。
また、同様に定義が不可能だからといって、問うことを放棄していい理由にはならないし、僕たちが「存在」に対する日常的な理解というのも、それとなく知っているだけにとどまっているのなら、もっと鮮明な物にすべきであるという態度が促されてしかるべきである。
普遍的、定義不可能、自明であること。
以上の分析によって明らかになったのは、「存在」に対するこれらの先入見が、「存在」を問い直す通路を阻んできたということである。
そして、同時に浮かび上がった問題は、「存在」についてはどうなっているのか、問いの設定、つまり問いかけ方も全くの五里霧中といった有り様で、「存在」の探求を志す者は総じて暗中模索を強いられるという現状である。
であるからこそ、まずは存在への問いを、存在の意味へと方向づける明確な問いを立て、仕上げることが、まず求められる次第である。

恋愛には不向きである

街コンなりマッチングアプリなり何でもいいけど、もし仮に僕に彼女ができたら、いの一番に心の底から湧き上がってくるのは、安堵感だろうと思う。
嬉しさでも喜びでも、愛おしさでもなく。
思春期や青年期のライフステージに立っていた時は、歓喜で大はしゃぎであったであろうが、それなりに社会にもまれ、くたくたになり、他人と自分との距離も推し測れるようになった今では、初々しい感激は起こらず、ただ今獲得した人生ゲームの実績のトロフィーをしげしげ眺めて、ほっとするだけだろう。
ああ、これで僕も周りの人に彼女がいると言えるのだ、人並みになれるのだ、まともな大人たちの仲間入りができるのだ。
あるひとつの関係の成立によって、これまでは遠く隔っていた平均的な世界との距離をぐんと縮められた安堵感。
できたばかり恋人の存在を介して、僕の真人間たることを示す実績を確認し、僕は安心するだろう。
あくまで僕の肌感覚であるが、令和の世にあって、人種や出自、うまれもった体質など、社会的少数者に対するありとあらゆる偏見や差別が減少し、学校教育などで認知・理解されつつある中、30代後半になってもなお恋愛経験や性経験のない男性は、依然として蔑視や嘲笑や嫌悪の対象であり、ひどい場合はかの御仁に対してあからさまな攻撃もやむなしという風潮が、現今の社会に根強く残っているように思われる。
友達以外に教えたことがない。
怖いから。
どんな目に遭うか分かったものではないから。
ふだんは他人をして「変わり者」とされている個性を開けっ広げにしてきた僕も、この点だけは、ひた隠しを決めている。
明け透けで嘘が下手くそな僕ではあるが、さすがに自ら童貞たる自分自身の姿を周囲にさらけ出す勇気はでない。
明け透けにしすぎるせいで、どこにいってもいじられキャラになってしまうが、これはこれで僕の人となりがそれなりに受け容れられている証拠であろうと捉えている。
だが、僕が彼女がいたことがなくて、性体験もないことを、何かの拍子に口を滑らしてしまえば最後、周囲の人はすべからく目の色を変え、これまでの態度とは打って変わって、よそよそしく冷淡になり、僕の見えない場所でひそひそと陰口を叩き、僕をとらえるまなざしに憐れみや蔑みが込められることになるだろう。
30代の童貞、つまり、この世にあってはならない存在が周囲に知れ渡るやいなや、彼らはさっと僕から距離を置く。
その時僕はイジられている時には全く感じなかった羞恥心に苦しむことになる。
個性にも許されるものと許されないものがあるのだ。
本当にそうなるか分からない。
試したことがないから。
しかし、どうもそんな予感がする。
もし彼女ができたら、僕はほっと胸をなで下ろす。
すぐに別れたとしても、それはそれで「前はいたんですけどね~」と弁解する口実となる。
世間的には全く経験の無いことが問題なのであって、1人以上の恋愛経験があれば世間で通用する実績が得られるのだ。
1人でもおれば、もう嘘を吐く必要も無く、無理に話題をそらす必要もない。
すぐ別れてもいいから、1人でも経験しておけば、その先迫害される心配はないのだ。
「変人ではあるが、男のやることはきちんとやってるから」と合点して、ほっといてくれるから。
どこまで考えても、自らの保身に至る恋愛観。
こんなことしか頭に浮かべない僕は、やはり恋愛しないほうがいいのかもしれない。

のんき者の苦悩

2026年第1日目、7時40分に深い眠りから自然に目覚めて、むくりと身体を起こした。
目覚まし時計が鳴り響かせるけたたましいアラームに叩き起こされない朝の目覚めは、すこぶる気持ちがいい。
そして、トイレに行って用を足し、目覚めの煙草を1本味わい、ポットの湯を沸かして、コーヒーを淹れると、朝食の用意をうっちゃらかしたまま、ドストエフスキーの『悪霊』を読みふける。
今日は一日中、読書をすることに決めていた。
3週間も掃除をしていないせいで、部屋の中は混沌といった有様だ。
床は埃にまみれ、上着やら鞄やら、買ったままほったらかしにしてある数々の本やらで、まるで足の踏み場のないし、シンクは洗っていない食器や、レトルトカレーの袋や、インスタントコーヒーのガラや、ヤクルトY1000のプラスチック容器といったゴミが積み重なり、家に3つあるゴミ箱は、どれもこれもティッシュ1枚も入れる隙のないほどゴミで溢れかえり、冷蔵庫の中は空っぽで腹の足しになる物は何もないし、洗濯機は汚れた服を放り込まれたまま洗面台の横に鎮座している。
だが、もはやそんなことに頓着している心の余裕がなかった。
これ以上先延ばしにしている場合ではない。
他の何よりも勝って優先してなさねばならない1つの渇望があるとして、今、まさにこの時に、それを達成する機会が眼前を通り過ぎようとしているのであれば、第2、第3の欲求には脇目も振らず、なりふり構わず、全力で掴みにかからねばならない。
喉がからからになるほどひどく渇き、背と腹の皮がくっつくほどの飢えに苦しみ喘いでいる時に、どこの誰が部屋の掃除やゴミの処分にかかずらうというのだろうか。
家事掃除洗濯買い物などは、どうでもいい。
家事全般以上に、僕は後回しにしてきたこと、そうせざるを得なかったことがあるのだ。
それがつまり本を読むことでもあり、過去を書くことでもあった。
2025年になってから、いやそれ以前から僕は西洋哲学とインドネシア語とランニングの間を行ったり来たりして、てんてこ舞いになっていた。
大学の哲学科の講義さながら、ZOOMを通して西洋哲学の大著を丹念に精読していく講義を行っている「哲学塾カント」に申し込んだのは、2024年9月の頃である。
始めた当初はたった3科目だけ受けていたのが、だんだん理解が増して面白くなるにつれて科目数も比例して増加し、2025年の秋には受講する講義の科目は7科目計8コマを数えるほどになっていた。
これほどの数になると、週末の休日に講義が予定されないことのほうが稀で、土曜日と日曜日になれば何かしらの講義を自宅で受けることとになる。
僕のような在野の初学者にとって、哲学書というのは読むのは難解である。
というよりも、東洋のはずれに住んでいる日本人からすれば、反対の極に位置する西洋の哲学者が問題にしているそのこと自体が、なかなか汲み取れないのだ
単純に使われいる述語の難しさもさることながら、そうした文化的な差異がますます日本人からして、理解を困難にしている一因となっているようである。
だから、始めの頃は、「この私」という自我の問題が、哲学的な問題として俎上に載せられたのは実存主義以降で、それまでは自分と他人の区別のない普遍的な意識しかなかったと言われても分からなかった。
また、具体的で個別的な物、例えば目の前にあるパソコンやコップやペンではなく、「パソコン」や「コップ」や「ペン」という言葉のほうが真の実在であると教授されても、あまりにも僕らの日常感覚とは逆転しているがために、目を白黒させるほかなかった。
これが通常の対面授業であれば、一度きりの講義ではすんなり理解することができず、それがために自分の理解能力の無さに失望して、塾を去って行ったかもしれない。
だが、幸いなことに、「哲学塾カント」では講義を受講したその翌日に、その講義の録画のアーカイブを送付してくれるのだ。
視聴期限は30日間あり、それまでは何度も繰り返し視聴できる。
そのため僕はどの講義を受けても、最低1回はアーカイブを視聴して、復習するようにした。
なので、1年と半年以上も続けてこられたのも、今日に至るまで意気が阻喪していないのも、先生の教授法の易しいことや質問の機会に恵まれていることもさることながら、なによりもこのアーカイブ機能のおかげである。
と同時に、このアーカイブこそが、今日のようなあり方で僕の生活を圧迫せしめている一因となっている。
先ほども言ったように、1カ月に計7科目8コマを受けている。
1コマ100分の形式なので、1カ月に講義に費やす時間は800分。
言い直せば、800分÷60分(=1時間)で約13時間である。
さらに、復習のために、8コマ分の講義のアーカイブを1回は見返すのだから、13時間×2で26時間となる。
つまり、1カ月に26時間を西洋哲学の講義の動画に時間を使っているのだ。
もちろん、「学びて思わざれば則ち罔し」で、アーカイブを見直すだけじゃ物足りないから、改めて独力で習った箇所を読み返す。
だけでなく、予習のためにさらに数ページ先まで進んで、読み進めることもある。
無論、新聞や小説を読むようにさらりと読むわけにはいかない。
同じ文章を自分なりに会得するまで、繰り返し読む。
というわけで、そうした読解にも相当の時間をかけている。
もし僕が学生であれば、ふんだんに時間が有り余っているはずだから、その全てを注ぎ込んで、ことに当たれたはずであろう。
だが、悲しいかな、今の僕は勤労者の身の上に成り下がっている。
通勤時間を含めると、平日の1日あたりの拘束時間は残業が無い時でも11時間である。
そこからさらに8時間の睡眠を取るとしたら、残された時間は5時間あまりだ。
それに加えて、家事全般をこなさなくてはならないのだから、平日の間に、やっと自分のやりたいことに使える時間は、2時間あればいい方である。
しかし、時間の問題も、哲学塾カントだけのことであれば、全く問題とはならない。
むしろ、余裕があるくらいだ。
他にもインドネシア語の学習やランニングなど、やりたいことがまだあるから、現在のように手の施しようのない状況に陥っているのだ。
インドネシア語は2023年、初の海外旅行まであと数ヶ月という時期に始めた。
こつこつ勉強し続けた末に、2024年にインドネシア語検定のE級とD級を受験して、なんとか合格した。
だが、2025年に受けたC級は合格ラインより4点少なかったために、不合格となった。
もし今まで哲学塾カントに費やしてきた時間をそっくりそのままインドネシア語の勉強に充てたら、絶対に合格を勝ち取っていたことだろう。
これまで嬉々として哲学塾カントの講義を受講していた僕も、さすがにこのときばかりは、在野の初学者のくせに、哲学にかまけていている我が身を恨まずにはれなかった。
さらにその背後に控えているのは、ランニングや筋トレといった、肉体の鍛錬である。
脂っ気の多い食生活や運動不足の生活習慣を続けていた末に、2023年から2024年へと年が改まった頃には、腹部にはでっぷりと贅肉がつき、メジャーで腰囲を計ってみると、約95cmと誰がどう見てもごまかしようのない醜悪なるメタボ体型へと変貌を遂げていた。
この現実を目の当たりにした時の、僕の衝撃たるや惨憺たるものであった。
高校生の時は、放課後は部活で1時間以上もランニングをするのに飽き足らず、部活の練習がない土曜日も日曜日も急坂が連続する地元の田舎道を走り込んでいた。
その甲斐があって、約10kmを走破する校内マラソンでは、1年生の時は18位、2年生の時は9位でゴールすることができたし、国体近畿予選の縦走部門(現在は廃止)では、登山部の大会にもかかわらず、陸上部の選手を出場させた兵庫県に5分の差を付けて、堂々1着の記録を残した(残念ながら、各府県から2人1組を選抜し、その総合評価で本選への出場が決まるというルールのため、僕の相方の順位が低かった奈良県は本選への出場は認められなかった)。
このように、10代の頃に積み上げてきた実績に裏付けされて、体力には相当自信を持っていたし、仮に人から鼻持ちならないと思われるほどしつこく己が体力を自慢しても、有無を言わせないと確信していた。
ましては、この僕が太るなんてことは万が一にもあり得ないことだと思っていたし、あってはならないことであった。
その僕がとうとうメタボになってしまうとは!
日頃は面倒くさがりな僕も、いよいよ追い詰められたとなったら、むくりと重い腰を上げて動き出すことがたびたびある。
そして、己が肥満を認めたこの時期が、まさにそうでった。
折しも、派遣先の工場は前代未聞の不祥事をやらかしたために、国の許しを得るまで、休業の措置を取らざるを得なくなった状況にあった。
そのため僕は労働の責務から一時的に解放され、一日24時間を1秒たりとも取りこぼすことなく自分のものにすることができる希有な境遇にあった。
工場の稼働が再開すれば、ダイエットに時間を割く余裕はない。
もしいつかダイエットに打ち込まねばならないとするならば、今がまさにそのときである。
そうして、僕はこの休業期間を利用して、ランニングに打ち込む日々を重ねた。
1日目は、1kmくらいまで走ったところで、息が上がるわ膝は痛いわで、とてもじゃないけどこれ以上は走れなくなり、あの頃自分自身に自信と光輝をもたらしてくれたものが、今や見る影もないほど乏しくなっていることに慄然とさせられたものである。
しかしながら、2日に1回のペースで走り続けて、1カ月が経過した頃には、急坂含めた16kmの距離を難なく走り、かつての実力の片鱗をうかがわせるくらいには取り戻した。
さらにこのランニングの習慣は、工場の稼働が再開されてからも続けられた。
当時は自宅周辺のバス乗り場から工場までの片道14kmの距離を、派遣会社のバスに乗って通勤していた。
まだ肉付きが豊かであった頃は、ランニングをしようにも、バスで帰路に就き、自宅に帰ってから、ようやくジャージに着替えて、走り出さねばならないのだが、バスのスケジュールと乗車時間の塩梅で、残業がない日でも自宅に着くのが、日勤の場合だと18時45分。
その時間にジャージに着替えて、気合いを入れ直して、走り出すというのは、いかんせん億劫であり、仕事の疲労も相まって、ランニングの大切さには重々承知していても、身体がなかなか動かない。
そういった事情で、長らく好きなランニングを生活習慣に組み込むことが難しかった。
しかし、休業期間で体力に自信がついた僕は、ある奇策に打って出ることにした。
つまり、自宅へ帰る時だけ、工場から家まで走るのだ。
往路は普段通りにバスに乗る。
そして、復路は自分の足で14km先の自宅まで帰るのだ。
仕事が終わって、工場の敷地を出ると、すぐに隣の社員寮の大浴場の脱衣所に向かう。
そこで仕事着を脱ぎ、リュックに入れておいたジャージとランニングシューズを取り出して、ランニングをする格好に着替える。
用意が整えば、すぐさま自宅へ向かって走り出すのだ。
この運動は、日勤夜勤問わず、月曜日と水曜日と金曜日に行われた。
それだけでなく、脂っこい食べ物を控えるために、外食もやめ、食べ物を買う時は食品表示をじっくり読み、脂質が100gあたり5g以下しか含まれていないような食べ物しか口に入れなかった。
自然、食生活からインドカレーハンバーガーや餃子は消え失せ、卵がけご飯やそばや豆腐やプロテインがそれらに取って代わった。
雨の日も、風の日も、夏の猛暑の日も、冬の極寒の日も、走り込んだ。
その甲斐があって、2024年4月には89.4cmあった腹囲が、2024年10月には76.6cmになり、見事にメタボ体型から脱することができた。
一度メタボの沼に引きずり込まれたら、再び地上に浮かび上がって新鮮な空気を吸い込むことは至難の業である。
多くの場合、そのまま泥中深く沈んでいき、かつての精悍な姿を取り戻して地上に現すことは二度となく、沼の底の底で肥満地獄を何遍も経巡りすることとなる。
そういう意味では、僕は数少ない生き残りと称せられよう。
しかし、そのランニングの習慣も2025年2月には中断を余儀なくなされた。
通勤手段を派遣会社の送迎バスから、新車のスーパーカブに切り替えたからである。
帰路の送迎バスは、1時間に1本しか運行されない。
定時の17時10分に工場の外へ吐き出されたとしても、僕はさらに18時5分の乗車時間まで、バス停で待たなければならない。
このバスが来るまでの無聊をかこつ時間が、いよいよ我慢ならなくなったのである。
折も折、あの頃はMさんの給料の4分の1が天引きされて、毎月僕の口座に振り込まれていた最中であったので、ある程度まとまった金額の貯金があった。
そこで、僕を勇を鼓して、新車のスーパーカブ110を購入した次第である。
スーパーカブのおかげで、バス停で無為に過ごす必要がなくなり、拘束時間は1時間減らすことができた。
だが、その代償として、僕はランニングの習慣に変更を加えざるをえなかった。
スーパーカブを購入する前は、退勤時間がそのままランニングの時間となっていたのだが、購入後、両者は明確に分け距てられた。
家に帰ってくる時間はスーパーカブのおかげで早くなったものの、数年前の葛藤に再び苦しめられることには変わりはない。
もはや退勤とランニングを一度にこなす一石二鳥ともいうべき奇策は、スーパーカブという移動手段を前にしては、封印せざるをえなかった。
しばらく頑張って週に3日のペースは欠かさなかったが、もはや14kmという長大な距離は叶うべくものではなくなり、自宅近辺にあるサイクリングロードの往復10km弱へと短くなった。
さらに、帰宅後に仕事の疲れが頭をもたげてくる時は、自らあてがった週に3日のペースも守れなくなり、週に2日、または週に1回へとペースが少なくなることも珍しくない。
工場から直接走っていた時は、自分の足以外に帰る手段がなかったのだから、疲れていようが眠たかろうが、無理矢理気持ちを奮い立たせて、走りだすしかなかった。
しかし、ランニングの前に休息の場で落ち着いてしまうと、勇気を奮い起こす気力さえ湧かなくなる。
そのままシャワーにかかって、寝入ってしまいたい誘惑に駆られ、そしてしばしばその誘惑に負けてしまった。
そして、なによりも痩躯を取り戻した今となっては、かつて以上の動機づけが見当たらない。
そうなると、自然、自分の生活に組み込まれたその他の大切なことに、意識と時間が振り分けられ、ランニングはおざなりになりがちである。
とはいうものの、全く走らない生活に逆戻りしてしまえば、リバウンドの可能性も高まるということなので、やはりどうにかして忙しない生活のどこかに、ランニングの時間をねじ込まなければならない。
このように長い長い経緯を辿って、やりたいことが抱えきれないくらいに増えすぎた末に、とうとう「時間管理」という文字が頭をもたげてくるようになった。
本来、何をするにしても計画を立てたり、時間通りに行動したりせず、気の向くままにやったりやらなかったりするのが、僕の流儀であった。
そのやり方は僕の性に合っているが故に快適であったが、当然ながら、多くの無駄があり、効率に欠いていた。
しかし、京都でフリーターとなってふらふらしていた頃は、やるべきことがなかったが故に、時間に齷齪する必要は皆無であった。
読みたい本は読みたい時に読み、飽きたら飽きた時に本を閉じる。
書きたいものは翌日に持ち越さず、多少寝不足になっても、一気呵成に書いて、ブログに投稿する。
何にもすることがなかったら、哲学の道大文字山を当てもなく歩く。
だが、工場の仕事で給料の代償として自分の時間と、生気を捧げなければならない身の上に成り下がった今となっては、もはや何でもかんでもやり遂げるというわけにはいかなくなった。
「二兎を追う者は一兎をも得ず」とことわざにある。
哲学書の読解にせよ、外国語にせよ、ランニングにせよ、それなりのところまで極めようとすれば、断腸の思いで1つに絞って、精魂を傾けるしかない。
そうは分かっていても、諦めきれず、やりたいこと全てを抱え込もうとする。
そうであるならば、やることの優先順位をつけ、無駄な時間を徹底的に削ぎ落とすしかない。
そうして、自分の時間の使い道を洗い出し、何を優先すべきで何を優先すべきでないかを峻別した結果、真っ先にスマホやパソコン、特にネットサーフィンやSNSの使用する時間をプライベートから締め出さねばならないと決意した。
いかにも文学青年然としている僕であっても、多分の例に漏れず、SNSとは無縁ではなかった。
X(旧Twitter)には15年前には登録しているし、学生時代はニコニコ動画、ここ数年はYoutubeに耽溺していた。
少しの間の暇つぶし、ちょっとした隙間時間を埋め合わせするために、手元の端末から利用できるXやYoutubeは、非常に便利であった。
しかし、XやYoutubeに代表される各SNSのアプリを開いた時は、たんなる数分の暇つぶしのつもりだったのに、気づいた時には2時間3時間も経っているという失態が往々にしてある。
ひどい時はXだけで休日の半分を過ごしたり、飯を食うのも忘れて徹夜でYoutubeに入り浸ったりすることもあった。
そして、祭りのどんちゃん騒ぎともいうべきSNSから、ようやく現実の生活に戻る時、これらに消費した時間でできたことを思い起こして、陰鬱な気分と、ひどい後悔に襲われるのだ。
休業期間というまたとない貴重な4カ月を食い潰したのも、まさにSNSであった。
そのくせ、僕はあの時何を見ていたのか、今となってはさっぱり思い出せないのだ。
まさに何のためにもならず、時間をドブに捨てたのも同然であった。
もし今仮に、起きればベッドの中でごろごろしながら、スマホでXやYoutubeを見入っていたあの頃の自分と対面できるのならば、「馬鹿な真似はよさんか!」と怒鳴って、懸垂と腕立てで鍛えた上半身を思い切り振りかぶって、固めた拳をその顔面に食らわせてやりたい。
そんなふうに、どうしようもない悪癖が僕の心中にこびりついてしまっている現実を前にして、どうにかしなければならないという焦燥感に駆られたことは、これまでのところ一度や二度のことではない。
後悔と反省が極度に達した時には、救いと方策を探求すべく、本屋に駆け込んでは、スマホ依存症やデジタル・デトックスの本を買って、逐一読んでみた。
その読書歴を辿れば、約10年前に買った岡田尊司『インターネット・ゲーム依存症』に始まり、続いて、コロナ禍に突入してからは、アンデシュ・ハンセン『スマホ脳』、アンナ・レンブケ『ドーパミン中毒』、キャサリン・プライス『スマホ断ち』、川島隆太スマホが学力を破壊する』、川島隆太スマホ依存が脳を傷つける』、川島隆太『本を読むだけで脳は若返る』と渉猟を続け、ヨハン・ハリ『奪われた集中力』で終わる。
長時間にわたる無意味なSNSの使用にうんざりするたびに、関連書籍を買い求め、そこに書き記された論考やデータを一語一句舐めるように読み、読了すれば気持ちを新たにして、スマホを身辺から引き剥がしてきた。
しかし、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」とはよく言ったもので、読書から得られた効果は長続きせず、3日ほどすればSNSに苦しめられた記憶は薄れ、何かの拍子にアプリを開けば、また元の失態を演ずる。
そうして、再び後悔の念に落ち込み、脱スマホ依存の本を読んで、スマホのもたらす悪影響を再確認して心機一転、気持ちを新たにして、脱スマホ・脱SNSの新生活を志すのだが、日を待たずして転んでしまうのだ。
『インターネット・ゲーム依存症』を買ってから約10年間、ずっと僕はスマホやSNSを相手に相撲を取ってきたのだ。
スマホ・SNSの巨体に正面から挑み、転がされては起き上がり、押し出されてはまた土俵にはい上がる、そうした勝ち目の薄い取組を何度も何度も続けてきたのだ。
その取組において、ずっと自分の意志の力に敗因があると思っていた。
自分の意志が弱いから負けるのだ、よりいっそう強くなれば勝てるのだとばかり思い込んでいた。
だが、それは単なる先入見に過ぎなかった。
スマホ・SNS依存から抜け出す方法、先回りしてその結論を手短に述べると、「外圧」しかない。
もはやテック企業のもたらしたアルゴリズムは、一個人の意志力でどうこうできるものではない。
あれは僕らの持つ意志力や理性(ここでは衝動を抑制する力ぐらいに解釈してほしい)をはるかに凌ぐ。
僕は専門家ではないので、くどくど言わない。
門外漢の僕が下手に述べても、読者にいらぬ誤解を与えるばかりである(どうしてそうなるのかその詳細を知りたい方は、川島隆太スマホ依存が脳を傷つける』、ヨハン・ハリ『奪われた集中力』第6章と第7章および第8章を参照されたい)。
僕の場合、その「外圧」というのは、まさに哲学塾カントの講義であり、インドネシア語であり、ランニングであり、これら3つの混ぜ合わせであった。
特に哲学塾カントは、ぬるま湯に浸かっているようなスマホと僕との腐れ縁を一気に断ち切るような破壊力を持った、まさに「黒船」であった。
講義を受ける。
アーカイブを視聴する。
学んだ範囲を読み返す。
職場で単純作業をしながらじっくり考える。
必要とあれば、参考になる解説書を買い求める。
こうしたルーチンがいつしか私生活の大半を占めるようになり、とてもじゃないけど、緊張の糸を緩めてスマホにうつつを抜かす時間が無くなったのだ。
また、哲学書にせよ小説にせよ、読書というのは集中力を要する営みだ。
他のことを気にかけず、まさに「眼光紙背に徹す」という姿勢で、本と向き合っていかねばならない。
それなのに、どうして集中力や思考力の低下をもたらすスマホにかかずらっていられようか。
時間を搾取し、脳機能を弱化させるスマホは、まさに読書の敵なのだ。
無論、昔の時分にも、スマホに溺れていたと同時に、本もそれなりに読んでいた。
しかし、今となっては読書が単に自己の内で完結するものではなく、自分が理解しておればそれでいいというわけではない。
ZOOMを用いた講義の中で質疑応答という形で、哲学書の一文一文の解釈や理解を求められるのだから、読む時の緊張感は段違いなのだ。
先生は、僕の解釈が間違っておれば、「ちがいます」とはっきり指摘し、合っていれば「いいですね」とはっきり認めてくれる。
考え抜かれていない、いい加減な解答は容赦しないので、自然と自宅での予習復習に身が入る。
今では「FREEDOM」というアプリでスマホとパソコンに対して、Youtubeまとめサイトなど、生活にいらないアプリやサイトにアクセスできないようブロックしている。
また、スマホの画面はモノクロにした上で、手元にではなく別室に保管している。
スマホを使う時は、天気予報や目的地までの経路を調べたり、家計簿を付けたり、支出の報告のために、Xを毎週日曜日に15分だけ使用するときだけだ。
このように徹底的にスマホやSNSを我が身から引き剥がしてから、はや3カ月であるが、そのために生活に支障を感じたことは一度も無い。
それよりか、インターネットやSNSに溺れていた以前より、読書する集中力が何時間も続くようになったので、むしろありがたく思っている。
スマホ依存の脱却を目的に「哲学塾カント」を受講したのではないので、これは思わぬ副産物であった。
以上のように、時間の無駄を徹底的に削ってもなお、依然として時間に不足しているのは白日である。
今の僕には、読書三昧、そして「執筆三昧」の時間を過ごせるのは、もはやGWと夏と冬の長期休暇しかない。
それ以外の僕は、命じられたままに動くロボットに過ぎない。
2025年を振り返ると、講義のテキストにかまけすぎた結果、文学作品にほとんど手を付けられなかった。
たしかに冬期休暇のおかげで、2日間かけて木田元現象学』を読了することができたものの、春に読み始めたドストエフスキー『悪霊』はいまだに読破していない。
そして、この作品をこの冬期休暇の間に読んでしまおうと、かねてから心に決めていた。
この長大な物語に、ケリをつけるのだ。
しかし、そんなこととは露知らず、いろんな約束があって、僕の企てに水を差す。
インドネシア人の技能実習生白川郷へ旅行に行き、大学時代の知り合いと麻雀をし、前のバイト先の知り合いと久闊を除する。
僕の誘いに乗ってくれること、僕を誘ってくれること、そのことは大変ありがたいことに違いないし、実際に楽しかった。
しかし、その心の奥底で、もはや目をそらすことのできないほどの強烈な渇望が、唸りを上げて牙を剥き出し、今にも僕に向かって飛びかからんとするさまを、否が応でも意識する。
僕の心に巣くうこうした相反する2つの側面が互いに引っ張り合い、いずれ僕を真っ二つに引き裂くことだろう。
僕は人でなしにちがいない。
僕はおかしくなったのだ。
いずれにせよ、正月元旦の僕は、心置きなく読書三昧に明け暮れることしか頭になかった。
読み始めて1時間後にようやく空腹に堪えかねて、レンジで米飯パックを温め、その上にレトルトカレーをぶっかけて、もそもそ食べる。
レトルトカレーは1食100円くらいの安いやつである。
最近はこればかり食べている。
けれども、飽きたことがない。
さらに2時間、読書に没頭。
心地よい集中力がほつりほつりと途切れた感じを味わったところで、気分転換に普段はこのために時間を作らない映画を鑑賞することにする。
タイトルは『PERFECT DAYS』。
アマゾンプライムビデオで配信していた。
役所広司が演じる男は、東京都内の公衆トイレの清掃員を生業としている。
そして、木造アパートにたった1人で暮らしている。
映画の大半は彼の日々の生活のありさまが描かれている。
朝目覚めれば、歯磨きをし、ひげを整える。
観葉植物であろう幾本の苗木に、霧吹きで水をやった後、作業着に着替え、棚に置かれた携帯(ガラケー)や自動車の鍵、小銭を手に取った後、玄関の戸を開ける。
その時、彼は空を見上げることを忘れない。
そして、微笑みをもらしたあと、近くの自動販売機で朝食代わりのカフェオレを買う。
木造アパートの敷地内に停めてある軽ワゴンに乗り込めば、グイッとカフェオレを飲み干して、エンジンをかける。
そうして、ダッシュボードから何本かの洋楽のカセットテープを取り出して、今日の気分に見合った1本を選んで、車載レコーダーにセットする。
そうして彼は担当の公衆トイレに向かうのだ。
彼の仕事ぶりは無駄がなく、よく工夫されている。
軽ワゴンの中には彼特製の清掃用具が、お手製の棚で整理整頓されているし、便器を磨き上げる手さばきもテキパキしている。
この仕事の歴の長さをうかがわせる仕事ぶりである。
とある公園の公衆トイレをする時、1人のホームレスが変わったポーズで立ち尽くしている。
男はそのホームレスを気にかけているのか、心配そうなまなざしを注ぐ。
昼休憩になるとコンビニで牛乳とサンドイッチを買って、神社の境内にあるベンチに腰をかけて食べる。
彼の頭上には高く伸びた木々の青葉が生い茂っている。
そして、陽の白い光が青葉に射し込み、青葉を透かす。
男の頭上は、瑞々しいまでの木漏れ日が織りなす天界が広がっている。
その青と光の天界に男はしばし目を細めると、胸ポケットからフィルムカメラを出して、カメラを上向きにすると、パチリパチリと写真を撮る。
仕事から帰って、普段着に着替えれば、自転車に乗って近くの銭湯に行く。
彼はいつも一番乗りだ。
それから、古本屋で1冊100円の文庫本を物色し、駅地下にあるいきつけの居酒屋に座る。
彼は常連なのだろう、何も言わずともすぐに店主がレモンチューハイとおつまみを持ってきて、「おつかれちゃ~ん!」と陽気に挨拶する。
男は、それににっこり笑って、応える。
男は元来無口な性格なのだろう。
寝る前は、布団に寝転がって、文庫本の小説を読みふける。
枕元には本棚があり、ぎっしり文庫本がつまっている。
眠たくなれば、枕元の読書灯の電気を消して、眠りにつく。
そして、彼の夢の世界が現れる。
モノクロで、彼の捉えた情景が幾重にも重なって映し出される。
こうして、彼のとある一日が終わりを告げる。
映画の中では、同僚や姪っ子、バーのママなど、彼の他にさまざまな人物が登場する。
しかし、彼と彼らとの会話は少なく、「それまで」と「それから」の関係性はどうであったのか、それらはすっかり僕らの想像にゆだねられている。
大きな波乱はない。
しかし、その言うに足りない生活の底には静かな美しさが湛えている。彼は独身であろう、きっと友人もいないのであろう。
しかし、つまらぬ生活の中でありきたりなものから、ささやかな変化を見いだす彼の表情には、どこか満たされているような感じをうかがえる。
この映画を観ていると、かつて京都に暮らしていた僕の生活と、彼のそれとが重なってしまう。
アパートの最上階にある部屋の新聞を配り終わった時に臨める朝焼け、洗面器を自転車のかごに入れて向かった銭湯、何の気なしに本棚の本に視線を泳がせていた古本屋、静かな秋の夜にくわえ煙草で歩いた哲学の道、木造アパートの一室で夜な夜な読みふけった夏目漱石
だから、映画を通して彼の心情が自分のことのように伝わってくる。
何がそんなに嬉しいのか、何が良くて木漏れ日の写真ばかり撮るのか、なぜ彼がこんな生活を送っているのか。
境遇だけでなく彼の繊細な感性そのものが僕の過去を通して、手に取るように分かってしまう。
彼はかつての僕の似姿そのものであった。
僕はこういうふうに生きたいと思った。
そして、いずれこういうふうに生きるだろうと思った。
夕方、僕はポメラDM250を開いて、カタカタとキーボードを打ち始めた。
思う存分キーを打ち鳴らせる指先の感触に、久方ぶりの満足感を味わい、恍惚となる。
この記事も、相変わらず長くなりそうだ。

 

 

《本稿から削除した文章》
今パッと思いつくのは、刑務所に入ることだ。
なぜなら刑務所に収容されている間、僕らは刑務官の手によって、スマホを取り上げられてしまうからだ。
もちろん、これは理想的で現実味のある方法ではない。
スマホ依存から脱却するために、法を犯し、人様に迷惑をかけるなんぞ、言語道断からだ。
しかし、一方でたしかに、何年にもわたる懲役刑に処せられている受刑者は、他にもっと重要な悩みや後悔があるにせよ、少なくともスマホがもたらす問題に悩まされていないように思える。
だが、いろんな観点を踏まえて、冷静に考えてみると、やはりこれは選択されるべき方法ではない。
とは言っても、娑婆にいながらも、刑務所のような、物理的にスマホにアクセスできない環境を再現することは可能かもしれない。
そして、こういった環境で生きられることが一番の理想だ。

 

アルゴリズムは視覚・聴覚を経由して、脳の中枢神経を刺激して、快楽物質ドーパミンを際限なく放出させる。
ドーパミンはそれ自体、悪役ではない。
問題なのは、それが放出される方法にある。
例えば、学校のテストやスポーツの大会など、時間をかけて努力をして、良い結果を出した時、脳はドーパミンを放出して、快感を与える。
だからこそ、僕たちは次も頑張ろうという具合に次の目標に向かって動機づけされるのだ。
だが、SNSは本来あるべき努力や訓練の過程をすっ飛ばして、タップとスクロールというごくわずかな指先の運動だけで、ドーパミンを放出させる。
人間は楽したい生き物である。
快感を味わえるのなら、時間をかけて努力したり訓練したりするより
スマホを使った方がいい、大枚はたいてパチンコに突っ込んだ方がいい、腕に覚醒剤を打ち込んだ方がいい、と捉えるようになるのも、さほど理解に苦しむものではない。
さらにスマホは脳の前頭前野の働きを麻痺させる。
ここは、人の衝動的な行動や感情を抑制させる理性の働きを持つ。
スマホを短時間でも使っていると、この前頭前野が働くなる。
車に例えるなら、まさにブレーキが効かなくなったようなものだ。
アクセルペダルは踏みっぱなしで、ブレーキは全く用をなさない。
そのように故障した車が行き着く運命は、言わずもがなである。

 

これではいかんということで、(・・・読書や日記、ランニングに言及する・・・)

 

だが、講義を受け続けていく過程で、丁寧な解説を頂戴し、分からないことがあれば質問して疑問をぶつけていった結果、ほどなくして腑に落ちていった次第である。

 

新規で受講しても、ものの1カ月か2カ月で脱落していく人が多数いる中、僕は今日に至るまで受講し続けている。

 

死ぬことや存在など、こうしたことは、大人になるにつれて、誰も気にしなくなる。
社会という名の、激しくうねりをあげる渦潮のど真ん中に飛び込んでで、手足を一生懸命ばたつかせ、渦の中心近くの、失神するほど高速で回転する波に乗りこなせれば、一人前というというのが常識だ。
そうなっては、まずは就職、いいとこに勤めれば次は出世、それに満足すればその次は結婚、その次は家族、次は家、次は老後、次は相続に墓、そうして合間合間に気分をスカッとさせる娯楽をひとつまみ、という具合に、目の前の実生活ばかりにかかずらって、「よく生きるとは何か?」とか「死とは何か?」といった子供じみた疑問すら湧かず、哲学科の大学院に受験して本格的にドイツ観念論現象学などの研究とはいかずとも、書店で哲学の解説書や文学の易しいものを1冊買って読んでみることさえしない。
それが普通である。
それこそ、多くの人々がそれへと一歩を踏み出し、その時点で行き着く先まで何が起こるのか容易に見通せてしまう、ありがちな人生行路である。
幸か不幸か、僕の場合は早々に社会という激烈な渦潮から、その周縁へはじき出された。
そこは社会の中心からかけ離れているが、かといって完全に切り離されているわけではない。
拙を守って、与えられた賤業を淡々とこなしておれば、社会はとやかく僕をつっつきまわすことはしなかった。
そのため、僕のとことん考え込む癖、世間体より優先される自分の価値観、古典に対する憧憬と興味、一つのことだけに向けられる過度な集中力、具体より抽象、思索や追憶を何でも文字にしたがる趣味、などなど、実生活においてはまるで必要も無い様々な性質が矯正されないどころか、少しずつ、僕自身の手によって、すくすくと成長させられていったのだ。

 

昔の古典を紐解いてみると、どこにもたくさん稼いで金持ちになれということが書いていないのが面白い。
『人生を半分降りる』から始まって、セネカ兼好法師鴨長明モンテーニュを拾い読みする。
どれもこれも名誉心や野心を持つな、自分の時間を持て、大きな仕事から身を退けと書いてある。
往々にして古典はその通りである。

【お知らせ】一部の記事の非公開について

昨日は、文学フリマ大阪13に参加させていただき、『Mの踏み倒し』『Mの踏み倒し 完結編』『泥沼』『のんき者の手紙』を頒布させていただきました。

たくさんのご来店まことにありがとうございます。

それにつきまして、上記の同人誌に収録したブログ記事を、一部を残して、非公開にさせていただきました。

実際に同人誌を購入された方と、無料でブログにアクセスする方との間にある不公平感を是正するのが、その目的とするところです。

これまでブログを閲覧されていた方に対しては、同人誌の委託販売などで対応することを、目下検討中であります。

今後ともよろしくお願いします。