のんき者の苦悩

2026年第1日目、7時40分に深い眠りから自然に目覚めて、むくりと身体を起こした。
目覚まし時計が鳴り響かせるけたたましいアラームに叩き起こされない朝の目覚めは、すこぶる気持ちがいい。
そして、トイレに行って用を足し、目覚めの煙草を1本味わい、ポットの湯を沸かして、コーヒーを淹れると、朝食の用意をうっちゃらかしたまま、ドストエフスキーの『悪霊』を読みふける。
今日は一日中、読書をすることに決めていた。
3週間も掃除をしていないせいで、部屋の中は混沌といった有様だ。
床は埃にまみれ、上着やら鞄やら、買ったままほったらかしにしてある数々の本やらで、まるで足の踏み場のないし、シンクは洗っていない食器や、レトルトカレーの袋や、インスタントコーヒーのガラや、ヤクルトY1000のプラスチック容器といったゴミが積み重なり、家に3つあるゴミ箱は、どれもこれもティッシュ1枚も入れる隙のないほどゴミで溢れかえり、冷蔵庫の中は空っぽで腹の足しになる物は何もないし、洗濯機は汚れた服を放り込まれたまま洗面台の横に鎮座している。
だが、もはやそんなことに頓着している心の余裕がなかった。
これ以上先延ばしにしている場合ではない。
他の何よりも勝って優先してなさねばならない1つの渇望があるとして、今、まさにこの時に、それを達成する機会が眼前を通り過ぎようとしているのであれば、第2、第3の欲求には脇目も振らず、なりふり構わず、全力で掴みにかからねばならない。
喉がからからになるほどひどく渇き、背と腹の皮がくっつくほどの飢えに苦しみ喘いでいる時に、どこの誰が部屋の掃除やゴミの処分にかかずらうというのだろうか。
家事掃除洗濯買い物などは、どうでもいい。
家事全般以上に、僕は後回しにしてきたこと、そうせざるを得なかったことがあるのだ。
それがつまり本を読むことでもあり、過去を書くことでもあった。
2025年になってから、いやそれ以前から僕は西洋哲学とインドネシア語とランニングの間を行ったり来たりして、てんてこ舞いになっていた。
大学の哲学科の講義さながら、ZOOMを通して西洋哲学の大著を丹念に精読していく講義を行っている「哲学塾カント」に申し込んだのは、2024年9月の頃である。
始めた当初はたった3科目だけ受けていたのが、だんだん理解が増して面白くなるにつれて科目数も比例して増加し、2025年の秋には受講する講義の科目は7科目計8コマを数えるほどになっていた。
これほどの数になると、週末の休日に講義が予定されないことのほうが稀で、土曜日と日曜日になれば何かしらの講義を自宅で受けることとになる。
僕のような在野の初学者にとって、哲学書というのは読むのは難解である。
というよりも、東洋のはずれに住んでいる日本人からすれば、反対の極に位置する西洋の哲学者が問題にしているそのこと自体が、なかなか汲み取れないのだ
単純に使われいる述語の難しさもさることながら、そうした文化的な差異がますます日本人からして、理解を困難にしている一因となっているようである。
だから、始めの頃は、「この私」という自我の問題が、哲学的な問題として俎上に載せられたのは実存主義以降で、それまでは自分と他人の区別のない普遍的な意識しかなかったと言われても分からなかった。
また、具体的で個別的な物、例えば目の前にあるパソコンやコップやペンではなく、「パソコン」や「コップ」や「ペン」という言葉のほうが真の実在であると教授されても、あまりにも僕らの日常感覚とは逆転しているがために、目を白黒させるほかなかった。
これが通常の対面授業であれば、一度きりの講義ではすんなり理解することができず、それがために自分の理解能力の無さに失望して、塾を去って行ったかもしれない。
だが、幸いなことに、「哲学塾カント」では講義を受講したその翌日に、その講義の録画のアーカイブを送付してくれるのだ。
視聴期限は30日間あり、それまでは何度も繰り返し視聴できる。
そのため僕はどの講義を受けても、最低1回はアーカイブを視聴して、復習するようにした。
なので、1年と半年以上も続けてこられたのも、今日に至るまで意気が阻喪していないのも、先生の教授法の易しいことや質問の機会に恵まれていることもさることながら、なによりもこのアーカイブ機能のおかげである。
と同時に、このアーカイブこそが、今日のようなあり方で僕の生活を圧迫せしめている一因となっている。
先ほども言ったように、1カ月に計7科目8コマを受けている。
1コマ100分の形式なので、1カ月に講義に費やす時間は800分。
言い直せば、800分÷60分(=1時間)で約13時間である。
さらに、復習のために、8コマ分の講義のアーカイブを1回は見返すのだから、13時間×2で26時間となる。
つまり、1カ月に26時間を西洋哲学の講義の動画に時間を使っているのだ。
もちろん、「学びて思わざれば則ち罔し」で、アーカイブを見直すだけじゃ物足りないから、改めて独力で習った箇所を読み返す。
だけでなく、予習のためにさらに数ページ先まで進んで、読み進めることもある。
無論、新聞や小説を読むようにさらりと読むわけにはいかない。
同じ文章を自分なりに会得するまで、繰り返し読む。
というわけで、そうした読解にも相当の時間をかけている。
もし僕が学生であれば、ふんだんに時間が有り余っているはずだから、その全てを注ぎ込んで、ことに当たれたはずであろう。
だが、悲しいかな、今の僕は勤労者の身の上に成り下がっている。
通勤時間を含めると、平日の1日あたりの拘束時間は残業が無い時でも11時間である。
そこからさらに8時間の睡眠を取るとしたら、残された時間は5時間あまりだ。
それに加えて、家事全般をこなさなくてはならないのだから、平日の間に、やっと自分のやりたいことに使える時間は、2時間あればいい方である。
しかし、時間の問題も、哲学塾カントだけのことであれば、全く問題とはならない。
むしろ、余裕があるくらいだ。
他にもインドネシア語の学習やランニングなど、やりたいことがまだあるから、現在のように手の施しようのない状況に陥っているのだ。
インドネシア語は2023年、初の海外旅行まであと数ヶ月という時期に始めた。
こつこつ勉強し続けた末に、2024年にインドネシア語検定のE級とD級を受験して、なんとか合格した。
だが、2025年に受けたC級は合格ラインより4点少なかったために、不合格となった。
もし今まで哲学塾カントに費やしてきた時間をそっくりそのままインドネシア語の勉強に充てたら、絶対に合格を勝ち取っていたことだろう。
これまで嬉々として哲学塾カントの講義を受講していた僕も、さすがにこのときばかりは、在野の初学者のくせに、哲学にかまけていている我が身を恨まずにはれなかった。
さらにその背後に控えているのは、ランニングや筋トレといった、肉体の鍛錬である。
脂っ気の多い食生活や運動不足の生活習慣を続けていた末に、2023年から2024年へと年が改まった頃には、腹部にはでっぷりと贅肉がつき、メジャーで腰囲を計ってみると、約95cmと誰がどう見てもごまかしようのない醜悪なるメタボ体型へと変貌を遂げていた。
この現実を目の当たりにした時の、僕の衝撃たるや惨憺たるものであった。
高校生の時は、放課後は部活で1時間以上もランニングをするのに飽き足らず、部活の練習がない土曜日も日曜日も急坂が連続する地元の田舎道を走り込んでいた。
その甲斐があって、約10kmを走破する校内マラソンでは、1年生の時は18位、2年生の時は9位でゴールすることができたし、国体近畿予選の縦走部門(現在は廃止)では、登山部の大会にもかかわらず、陸上部の選手を出場させた兵庫県に5分の差を付けて、堂々1着の記録を残した(残念ながら、各府県から2人1組を選抜し、その総合評価で本選への出場が決まるというルールのため、僕の相方の順位が低かった奈良県は本選への出場は認められなかった)。
このように、10代の頃に積み上げてきた実績に裏付けされて、体力には相当自信を持っていたし、仮に人から鼻持ちならないと思われるほどしつこく己が体力を自慢しても、有無を言わせないと確信していた。
ましては、この僕が太るなんてことは万が一にもあり得ないことだと思っていたし、あってはならないことであった。
その僕がとうとうメタボになってしまうとは!
日頃は面倒くさがりな僕も、いよいよ追い詰められたとなったら、むくりと重い腰を上げて動き出すことがたびたびある。
そして、己が肥満を認めたこの時期が、まさにそうでった。
折しも、派遣先の工場は前代未聞の不祥事をやらかしたために、国の許しを得るまで、休業の措置を取らざるを得なくなった状況にあった。
そのため僕は労働の責務から一時的に解放され、一日24時間を1秒たりとも取りこぼすことなく自分のものにすることができる希有な境遇にあった。
工場の稼働が再開すれば、ダイエットに時間を割く余裕はない。
もしいつかダイエットに打ち込まねばならないとするならば、今がまさにそのときである。
そうして、僕はこの休業期間を利用して、ランニングに打ち込む日々を重ねた。
1日目は、1kmくらいまで走ったところで、息が上がるわ膝は痛いわで、とてもじゃないけどこれ以上は走れなくなり、あの頃自分自身に自信と光輝をもたらしてくれたものが、今や見る影もないほど乏しくなっていることに慄然とさせられたものである。
しかしながら、2日に1回のペースで走り続けて、1カ月が経過した頃には、急坂含めた16kmの距離を難なく走り、かつての実力の片鱗をうかがわせるくらいには取り戻した。
さらにこのランニングの習慣は、工場の稼働が再開されてからも続けられた。
当時は自宅周辺のバス乗り場から工場までの片道14kmの距離を、派遣会社のバスに乗って通勤していた。
まだ肉付きが豊かであった頃は、ランニングをしようにも、バスで帰路に就き、自宅に帰ってから、ようやくジャージに着替えて、走り出さねばならないのだが、バスのスケジュールと乗車時間の塩梅で、残業がない日でも自宅に着くのが、日勤の場合だと18時45分。
その時間にジャージに着替えて、気合いを入れ直して、走り出すというのは、いかんせん億劫であり、仕事の疲労も相まって、ランニングの大切さには重々承知していても、身体がなかなか動かない。
そういった事情で、長らく好きなランニングを生活習慣に組み込むことが難しかった。
しかし、休業期間で体力に自信がついた僕は、ある奇策に打って出ることにした。
つまり、自宅へ帰る時だけ、工場から家まで走るのだ。
往路は普段通りにバスに乗る。
そして、復路は自分の足で14km先の自宅まで帰るのだ。
仕事が終わって、工場の敷地を出ると、すぐに隣の社員寮の大浴場の脱衣所に向かう。
そこで仕事着を脱ぎ、リュックに入れておいたジャージとランニングシューズを取り出して、ランニングをする格好に着替える。
用意が整えば、すぐさま自宅へ向かって走り出すのだ。
この運動は、日勤夜勤問わず、月曜日と水曜日と金曜日に行われた。
それだけでなく、脂っこい食べ物を控えるために、外食もやめ、食べ物を買う時は食品表示をじっくり読み、脂質が100gあたり5g以下しか含まれていないような食べ物しか口に入れなかった。
自然、食生活からインドカレーハンバーガーや餃子は消え失せ、卵がけご飯やそばや豆腐やプロテインがそれらに取って代わった。
雨の日も、風の日も、夏の猛暑の日も、冬の極寒の日も、走り込んだ。
その甲斐があって、2024年4月には89.4cmあった腹囲が、2024年10月には76.6cmになり、見事にメタボ体型から脱することができた。
一度メタボの沼に引きずり込まれたら、再び地上に浮かび上がって新鮮な空気を吸い込むことは至難の業である。
多くの場合、そのまま泥中深く沈んでいき、かつての精悍な姿を取り戻して地上に現すことは二度となく、沼の底の底で肥満地獄を何遍も経巡りすることとなる。
そういう意味では、僕は数少ない生き残りと称せられよう。
しかし、そのランニングの習慣も2025年2月には中断を余儀なくなされた。
通勤手段を派遣会社の送迎バスから、新車のスーパーカブに切り替えたからである。
帰路の送迎バスは、1時間に1本しか運行されない。
定時の17時10分に工場の外へ吐き出されたとしても、僕はさらに18時5分の乗車時間まで、バス停で待たなければならない。
このバスが来るまでの無聊をかこつ時間が、いよいよ我慢ならなくなったのである。
折も折、あの頃はMさんの給料の4分の1が天引きされて、毎月僕の口座に振り込まれていた最中であったので、ある程度まとまった金額の貯金があった。
そこで、僕を勇を鼓して、新車のスーパーカブ110を購入した次第である。
スーパーカブのおかげで、バス停で無為に過ごす必要がなくなり、拘束時間は1時間減らすことができた。
だが、その代償として、僕はランニングの習慣に変更を加えざるをえなかった。
スーパーカブを購入する前は、退勤時間がそのままランニングの時間となっていたのだが、購入後、両者は明確に分け距てられた。
家に帰ってくる時間はスーパーカブのおかげで早くなったものの、数年前の葛藤に再び苦しめられることには変わりはない。
もはや退勤とランニングを一度にこなす一石二鳥ともいうべき奇策は、スーパーカブという移動手段を前にしては、封印せざるをえなかった。
しばらく頑張って週に3日のペースは欠かさなかったが、もはや14kmという長大な距離は叶うべくものではなくなり、自宅近辺にあるサイクリングロードの往復10km弱へと短くなった。
さらに、帰宅後に仕事の疲れが頭をもたげてくる時は、自らあてがった週に3日のペースも守れなくなり、週に2日、または週に1回へとペースが少なくなることも珍しくない。
工場から直接走っていた時は、自分の足以外に帰る手段がなかったのだから、疲れていようが眠たかろうが、無理矢理気持ちを奮い立たせて、走りだすしかなかった。
しかし、ランニングの前に休息の場で落ち着いてしまうと、勇気を奮い起こす気力さえ湧かなくなる。
そのままシャワーにかかって、寝入ってしまいたい誘惑に駆られ、そしてしばしばその誘惑に負けてしまった。
そして、なによりも痩躯を取り戻した今となっては、かつて以上の動機づけが見当たらない。
そうなると、自然、自分の生活に組み込まれたその他の大切なことに、意識と時間が振り分けられ、ランニングはおざなりになりがちである。
とはいうものの、全く走らない生活に逆戻りしてしまえば、リバウンドの可能性も高まるということなので、やはりどうにかして忙しない生活のどこかに、ランニングの時間をねじ込まなければならない。
このように長い長い経緯を辿って、やりたいことが抱えきれないくらいに増えすぎた末に、とうとう「時間管理」という文字が頭をもたげてくるようになった。
本来、何をするにしても計画を立てたり、時間通りに行動したりせず、気の向くままにやったりやらなかったりするのが、僕の流儀であった。
そのやり方は僕の性に合っているが故に快適であったが、当然ながら、多くの無駄があり、効率に欠いていた。
しかし、京都でフリーターとなってふらふらしていた頃は、やるべきことがなかったが故に、時間に齷齪する必要は皆無であった。
読みたい本は読みたい時に読み、飽きたら飽きた時に本を閉じる。
書きたいものは翌日に持ち越さず、多少寝不足になっても、一気呵成に書いて、ブログに投稿する。
何にもすることがなかったら、哲学の道大文字山を当てもなく歩く。
だが、工場の仕事で給料の代償として自分の時間と、生気を捧げなければならない身の上に成り下がった今となっては、もはや何でもかんでもやり遂げるというわけにはいかなくなった。
「二兎を追う者は一兎をも得ず」とことわざにある。
哲学書の読解にせよ、外国語にせよ、ランニングにせよ、それなりのところまで極めようとすれば、断腸の思いで1つに絞って、精魂を傾けるしかない。
そうは分かっていても、諦めきれず、やりたいこと全てを抱え込もうとする。
そうであるならば、やることの優先順位をつけ、無駄な時間を徹底的に削ぎ落とすしかない。
そうして、自分の時間の使い道を洗い出し、何を優先すべきで何を優先すべきでないかを峻別した結果、真っ先にスマホやパソコン、特にネットサーフィンやSNSの使用する時間をプライベートから締め出さねばならないと決意した。
いかにも文学青年然としている僕であっても、多分の例に漏れず、SNSとは無縁ではなかった。
X(旧Twitter)には15年前には登録しているし、学生時代はニコニコ動画、ここ数年はYoutubeに耽溺していた。
少しの間の暇つぶし、ちょっとした隙間時間を埋め合わせするために、手元の端末から利用できるXやYoutubeは、非常に便利であった。
しかし、XやYoutubeに代表される各SNSのアプリを開いた時は、たんなる数分の暇つぶしのつもりだったのに、気づいた時には2時間3時間も経っているという失態が往々にしてある。
ひどい時はXだけで休日の半分を過ごしたり、飯を食うのも忘れて徹夜でYoutubeに入り浸ったりすることもあった。
そして、祭りのどんちゃん騒ぎともいうべきSNSから、ようやく現実の生活に戻る時、これらに消費した時間でできたことを思い起こして、陰鬱な気分と、ひどい後悔に襲われるのだ。
休業期間というまたとない貴重な4カ月を食い潰したのも、まさにSNSであった。
そのくせ、僕はあの時何を見ていたのか、今となってはさっぱり思い出せないのだ。
まさに何のためにもならず、時間をドブに捨てたのも同然であった。
もし今仮に、起きればベッドの中でごろごろしながら、スマホでXやYoutubeを見入っていたあの頃の自分と対面できるのならば、「馬鹿な真似はよさんか!」と怒鳴って、懸垂と腕立てで鍛えた上半身を思い切り振りかぶって、固めた拳をその顔面に食らわせてやりたい。
そんなふうに、どうしようもない悪癖が僕の心中にこびりついてしまっている現実を前にして、どうにかしなければならないという焦燥感に駆られたことは、これまでのところ一度や二度のことではない。
後悔と反省が極度に達した時には、救いと方策を探求すべく、本屋に駆け込んでは、スマホ依存症やデジタル・デトックスの本を買って、逐一読んでみた。
その読書歴を辿れば、約10年前に買った岡田尊司『インターネット・ゲーム依存症』に始まり、続いて、コロナ禍に突入してからは、アンデシュ・ハンセン『スマホ脳』、アンナ・レンブケ『ドーパミン中毒』、キャサリン・プライス『スマホ断ち』、川島隆太スマホが学力を破壊する』、川島隆太スマホ依存が脳を傷つける』、川島隆太『本を読むだけで脳は若返る』と渉猟を続け、ヨハン・ハリ『奪われた集中力』で終わる。
長時間にわたる無意味なSNSの使用にうんざりするたびに、関連書籍を買い求め、そこに書き記された論考やデータを一語一句舐めるように読み、読了すれば気持ちを新たにして、スマホを身辺から引き剥がしてきた。
しかし、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」とはよく言ったもので、読書から得られた効果は長続きせず、3日ほどすればSNSに苦しめられた記憶は薄れ、何かの拍子にアプリを開けば、また元の失態を演ずる。
そうして、再び後悔の念に落ち込み、脱スマホ依存の本を読んで、スマホのもたらす悪影響を再確認して心機一転、気持ちを新たにして、脱スマホ・脱SNSの新生活を志すのだが、日を待たずして転んでしまうのだ。
『インターネット・ゲーム依存症』を買ってから約10年間、ずっと僕はスマホやSNSを相手に相撲を取ってきたのだ。
スマホ・SNSの巨体に正面から挑み、転がされては起き上がり、押し出されてはまた土俵にはい上がる、そうした勝ち目の薄い取組を何度も何度も続けてきたのだ。
その取組において、ずっと自分の意志の力に敗因があると思っていた。
自分の意志が弱いから負けるのだ、よりいっそう強くなれば勝てるのだとばかり思い込んでいた。
だが、それは単なる先入見に過ぎなかった。
スマホ・SNS依存から抜け出す方法、先回りしてその結論を手短に述べると、「外圧」しかない。
もはやテック企業のもたらしたアルゴリズムは、一個人の意志力でどうこうできるものではない。
あれは僕らの持つ意志力や理性(ここでは衝動を抑制する力ぐらいに解釈してほしい)をはるかに凌ぐ。
僕は専門家ではないので、くどくど言わない。
門外漢の僕が下手に述べても、読者にいらぬ誤解を与えるばかりである(どうしてそうなるのかその詳細を知りたい方は、川島隆太スマホ依存が脳を傷つける』、ヨハン・ハリ『奪われた集中力』第6章と第7章および第8章を参照されたい)。
僕の場合、その「外圧」というのは、まさに哲学塾カントの講義であり、インドネシア語であり、ランニングであり、これら3つの混ぜ合わせであった。
特に哲学塾カントは、ぬるま湯に浸かっているようなスマホと僕との腐れ縁を一気に断ち切るような破壊力を持った、まさに「黒船」であった。
講義を受ける。
アーカイブを視聴する。
学んだ範囲を読み返す。
職場で単純作業をしながらじっくり考える。
必要とあれば、参考になる解説書を買い求める。
こうしたルーチンがいつしか私生活の大半を占めるようになり、とてもじゃないけど、緊張の糸を緩めてスマホにうつつを抜かす時間が無くなったのだ。
また、哲学書にせよ小説にせよ、読書というのは集中力を要する営みだ。
他のことを気にかけず、まさに「眼光紙背に徹す」という姿勢で、本と向き合っていかねばならない。
それなのに、どうして集中力や思考力の低下をもたらすスマホにかかずらっていられようか。
時間を搾取し、脳機能を弱化させるスマホは、まさに読書の敵なのだ。
無論、昔の時分にも、スマホに溺れていたと同時に、本もそれなりに読んでいた。
しかし、今となっては読書が単に自己の内で完結するものではなく、自分が理解しておればそれでいいというわけではない。
ZOOMを用いた講義の中で質疑応答という形で、哲学書の一文一文の解釈や理解を求められるのだから、読む時の緊張感は段違いなのだ。
先生は、僕の解釈が間違っておれば、「ちがいます」とはっきり指摘し、合っていれば「いいですね」とはっきり認めてくれる。
考え抜かれていない、いい加減な解答は容赦しないので、自然と自宅での予習復習に身が入る。
今では「FREEDOM」というアプリでスマホとパソコンに対して、Youtubeまとめサイトなど、生活にいらないアプリやサイトにアクセスできないようブロックしている。
また、スマホの画面はモノクロにした上で、手元にではなく別室に保管している。
スマホを使う時は、天気予報や目的地までの経路を調べたり、家計簿を付けたり、支出の報告のために、Xを毎週日曜日に15分だけ使用するときだけだ。
このように徹底的にスマホやSNSを我が身から引き剥がしてから、はや3カ月であるが、そのために生活に支障を感じたことは一度も無い。
それよりか、インターネットやSNSに溺れていた以前より、読書する集中力が何時間も続くようになったので、むしろありがたく思っている。
スマホ依存の脱却を目的に「哲学塾カント」を受講したのではないので、これは思わぬ副産物であった。
以上のように、時間の無駄を徹底的に削ってもなお、依然として時間に不足しているのは白日である。
今の僕には、読書三昧、そして「執筆三昧」の時間を過ごせるのは、もはやGWと夏と冬の長期休暇しかない。
それ以外の僕は、命じられたままに動くロボットに過ぎない。
2025年を振り返ると、講義のテキストにかまけすぎた結果、文学作品にほとんど手を付けられなかった。
たしかに冬期休暇のおかげで、2日間かけて木田元現象学』を読了することができたものの、春に読み始めたドストエフスキー『悪霊』はいまだに読破していない。
そして、この作品をこの冬期休暇の間に読んでしまおうと、かねてから心に決めていた。
この長大な物語に、ケリをつけるのだ。
しかし、そんなこととは露知らず、いろんな約束があって、僕の企てに水を差す。
インドネシア人の技能実習生白川郷へ旅行に行き、大学時代の知り合いと麻雀をし、前のバイト先の知り合いと久闊を除する。
僕の誘いに乗ってくれること、僕を誘ってくれること、そのことは大変ありがたいことに違いないし、実際に楽しかった。
しかし、その心の奥底で、もはや目をそらすことのできないほどの強烈な渇望が、唸りを上げて牙を剥き出し、今にも僕に向かって飛びかからんとするさまを、否が応でも意識する。
僕の心に巣くうこうした相反する2つの側面が互いに引っ張り合い、いずれ僕を真っ二つに引き裂くことだろう。
僕は人でなしにちがいない。
僕はおかしくなったのだ。
いずれにせよ、正月元旦の僕は、心置きなく読書三昧に明け暮れることしか頭になかった。
読み始めて1時間後にようやく空腹に堪えかねて、レンジで米飯パックを温め、その上にレトルトカレーをぶっかけて、もそもそ食べる。
レトルトカレーは1食100円くらいの安いやつである。
最近はこればかり食べている。
けれども、飽きたことがない。
さらに2時間、読書に没頭。
心地よい集中力がほつりほつりと途切れた感じを味わったところで、気分転換に普段はこのために時間を作らない映画を鑑賞することにする。
タイトルは『PERFECT DAYS』。
アマゾンプライムビデオで配信していた。
役所広司が演じる男は、東京都内の公衆トイレの清掃員を生業としている。
そして、木造アパートにたった1人で暮らしている。
映画の大半は彼の日々の生活のありさまが描かれている。
朝目覚めれば、歯磨きをし、ひげを整える。
観葉植物であろう幾本の苗木に、霧吹きで水をやった後、作業着に着替え、棚に置かれた携帯(ガラケー)や自動車の鍵、小銭を手に取った後、玄関の戸を開ける。
その時、彼は空を見上げることを忘れない。
そして、微笑みをもらしたあと、近くの自動販売機で朝食代わりのカフェオレを買う。
木造アパートの敷地内に停めてある軽ワゴンに乗り込めば、グイッとカフェオレを飲み干して、エンジンをかける。
そうして、ダッシュボードから何本かの洋楽のカセットテープを取り出して、今日の気分に見合った1本を選んで、車載レコーダーにセットする。
そうして彼は担当の公衆トイレに向かうのだ。
彼の仕事ぶりは無駄がなく、よく工夫されている。
軽ワゴンの中には彼特製の清掃用具が、お手製の棚で整理整頓されているし、便器を磨き上げる手さばきもテキパキしている。
この仕事の歴の長さをうかがわせる仕事ぶりである。
とある公園の公衆トイレをする時、1人のホームレスが変わったポーズで立ち尽くしている。
男はそのホームレスを気にかけているのか、心配そうなまなざしを注ぐ。
昼休憩になるとコンビニで牛乳とサンドイッチを買って、神社の境内にあるベンチに腰をかけて食べる。
彼の頭上には高く伸びた木々の青葉が生い茂っている。
そして、陽の白い光が青葉に射し込み、青葉を透かす。
男の頭上は、瑞々しいまでの木漏れ日が織りなす天界が広がっている。
その青と光の天界に男はしばし目を細めると、胸ポケットからフィルムカメラを出して、カメラを上向きにすると、パチリパチリと写真を撮る。
仕事から帰って、普段着に着替えれば、自転車に乗って近くの銭湯に行く。
彼はいつも一番乗りだ。
それから、古本屋で1冊100円の文庫本を物色し、駅地下にあるいきつけの居酒屋に座る。
彼は常連なのだろう、何も言わずともすぐに店主がレモンチューハイとおつまみを持ってきて、「おつかれちゃ~ん!」と陽気に挨拶する。
男は、それににっこり笑って、応える。
男は元来無口な性格なのだろう。
寝る前は、布団に寝転がって、文庫本の小説を読みふける。
枕元には本棚があり、ぎっしり文庫本がつまっている。
眠たくなれば、枕元の読書灯の電気を消して、眠りにつく。
そして、彼の夢の世界が現れる。
モノクロで、彼の捉えた情景が幾重にも重なって映し出される。
こうして、彼のとある一日が終わりを告げる。
映画の中では、同僚や姪っ子、バーのママなど、彼の他にさまざまな人物が登場する。
しかし、彼と彼らとの会話は少なく、「それまで」と「それから」の関係性はどうであったのか、それらはすっかり僕らの想像にゆだねられている。
大きな波乱はない。
しかし、その言うに足りない生活の底には静かな美しさが湛えている。彼は独身であろう、きっと友人もいないのであろう。
しかし、つまらぬ生活の中でありきたりなものから、ささやかな変化を見いだす彼の表情には、どこか満たされているような感じをうかがえる。
この映画を観ていると、かつて京都に暮らしていた僕の生活と、彼のそれとが重なってしまう。
アパートの最上階にある部屋の新聞を配り終わった時に臨める朝焼け、洗面器を自転車のかごに入れて向かった銭湯、何の気なしに本棚の本に視線を泳がせていた古本屋、静かな秋の夜にくわえ煙草で歩いた哲学の道、木造アパートの一室で夜な夜な読みふけった夏目漱石
だから、映画を通して彼の心情が自分のことのように伝わってくる。
何がそんなに嬉しいのか、何が良くて木漏れ日の写真ばかり撮るのか、なぜ彼がこんな生活を送っているのか。
境遇だけでなく彼の繊細な感性そのものが僕の過去を通して、手に取るように分かってしまう。
彼はかつての僕の似姿そのものであった。
僕はこういうふうに生きたいと思った。
そして、いずれこういうふうに生きるだろうと思った。
夕方、僕はポメラDM250を開いて、カタカタとキーボードを打ち始めた。
思う存分キーを打ち鳴らせる指先の感触に、久方ぶりの満足感を味わい、恍惚となる。
この記事も、相変わらず長くなりそうだ。

 

 

《本稿から削除した文章》
今パッと思いつくのは、刑務所に入ることだ。
なぜなら刑務所に収容されている間、僕らは刑務官の手によって、スマホを取り上げられてしまうからだ。
もちろん、これは理想的で現実味のある方法ではない。
スマホ依存から脱却するために、法を犯し、人様に迷惑をかけるなんぞ、言語道断からだ。
しかし、一方でたしかに、何年にもわたる懲役刑に処せられている受刑者は、他にもっと重要な悩みや後悔があるにせよ、少なくともスマホがもたらす問題に悩まされていないように思える。
だが、いろんな観点を踏まえて、冷静に考えてみると、やはりこれは選択されるべき方法ではない。
とは言っても、娑婆にいながらも、刑務所のような、物理的にスマホにアクセスできない環境を再現することは可能かもしれない。
そして、こういった環境で生きられることが一番の理想だ。

 

アルゴリズムは視覚・聴覚を経由して、脳の中枢神経を刺激して、快楽物質ドーパミンを際限なく放出させる。
ドーパミンはそれ自体、悪役ではない。
問題なのは、それが放出される方法にある。
例えば、学校のテストやスポーツの大会など、時間をかけて努力をして、良い結果を出した時、脳はドーパミンを放出して、快感を与える。
だからこそ、僕たちは次も頑張ろうという具合に次の目標に向かって動機づけされるのだ。
だが、SNSは本来あるべき努力や訓練の過程をすっ飛ばして、タップとスクロールというごくわずかな指先の運動だけで、ドーパミンを放出させる。
人間は楽したい生き物である。
快感を味わえるのなら、時間をかけて努力したり訓練したりするより
スマホを使った方がいい、大枚はたいてパチンコに突っ込んだ方がいい、腕に覚醒剤を打ち込んだ方がいい、と捉えるようになるのも、さほど理解に苦しむものではない。
さらにスマホは脳の前頭前野の働きを麻痺させる。
ここは、人の衝動的な行動や感情を抑制させる理性の働きを持つ。
スマホを短時間でも使っていると、この前頭前野が働くなる。
車に例えるなら、まさにブレーキが効かなくなったようなものだ。
アクセルペダルは踏みっぱなしで、ブレーキは全く用をなさない。
そのように故障した車が行き着く運命は、言わずもがなである。

 

これではいかんということで、(・・・読書や日記、ランニングに言及する・・・)

 

だが、講義を受け続けていく過程で、丁寧な解説を頂戴し、分からないことがあれば質問して疑問をぶつけていった結果、ほどなくして腑に落ちていった次第である。

 

新規で受講しても、ものの1カ月か2カ月で脱落していく人が多数いる中、僕は今日に至るまで受講し続けている。

 

死ぬことや存在など、こうしたことは、大人になるにつれて、誰も気にしなくなる。
社会という名の、激しくうねりをあげる渦潮のど真ん中に飛び込んでで、手足を一生懸命ばたつかせ、渦の中心近くの、失神するほど高速で回転する波に乗りこなせれば、一人前というというのが常識だ。
そうなっては、まずは就職、いいとこに勤めれば次は出世、それに満足すればその次は結婚、その次は家族、次は家、次は老後、次は相続に墓、そうして合間合間に気分をスカッとさせる娯楽をひとつまみ、という具合に、目の前の実生活ばかりにかかずらって、「よく生きるとは何か?」とか「死とは何か?」といった子供じみた疑問すら湧かず、哲学科の大学院に受験して本格的にドイツ観念論現象学などの研究とはいかずとも、書店で哲学の解説書や文学の易しいものを1冊買って読んでみることさえしない。
それが普通である。
それこそ、多くの人々がそれへと一歩を踏み出し、その時点で行き着く先まで何が起こるのか容易に見通せてしまう、ありがちな人生行路である。
幸か不幸か、僕の場合は早々に社会という激烈な渦潮から、その周縁へはじき出された。
そこは社会の中心からかけ離れているが、かといって完全に切り離されているわけではない。
拙を守って、与えられた賤業を淡々とこなしておれば、社会はとやかく僕をつっつきまわすことはしなかった。
そのため、僕のとことん考え込む癖、世間体より優先される自分の価値観、古典に対する憧憬と興味、一つのことだけに向けられる過度な集中力、具体より抽象、思索や追憶を何でも文字にしたがる趣味、などなど、実生活においてはまるで必要も無い様々な性質が矯正されないどころか、少しずつ、僕自身の手によって、すくすくと成長させられていったのだ。

 

昔の古典を紐解いてみると、どこにもたくさん稼いで金持ちになれということが書いていないのが面白い。
『人生を半分降りる』から始まって、セネカ兼好法師鴨長明モンテーニュを拾い読みする。
どれもこれも名誉心や野心を持つな、自分の時間を持て、大きな仕事から身を退けと書いてある。
往々にして古典はその通りである。