【再録】金欠の時(1)

2012/09/13 1日目
その日、定時に会社から上がった後、一旦家に帰宅して私服に着替えた。
そして、そのままジュンク堂に向かった。エリック・ホファーの『波止場日記―労働と思索―』という本が読みたくなったのでジュンク堂に行って買おうと思ったからだ。
財布には小銭しかなかったので、コンビニのATMで5千円ばかし引き落とした。引き落としが完了した後、画面は口座の残高に切り替わった。
ふと画面に目をやった。そして瞬く間に全身が凍りついた。そこには651円という数字が示されただけであったからだ。
何でこうなったか分からなかった。
確かに貯金は少なかったが、それでも1万円ほどはあったはずである。
それが一気に半分ばかしになってしまった。
顔には出さないものの、コンビニを出たあとのオレはいささか緊張していた。
(さて、どうするか…)
オレは思案に暮れた。
これからは手持ちの5千円と口座にある651円で給料日までの2週間を過ごさねばならない。この時からオレのちょっとしたサバイバル生活が始まった。
なんでこうなったのかは分からない。しかし、今は原因の追及にあたるときではない。今すべきことは、これからどうしていくべきかを考えることだ。
とにかく今必要なのは、落ち着くことだった。無駄に悲観的になったり楽観的になったりするのは自分の命を危険にさらすことだというのは、今までの経験上で分かっていた。
悲嘆にくれて思いつめることも、なんとかなるだろうという根拠もない希望を抱くことも、共に現状をありのまま見つめることを避けようとする行為だ。それに、この両者とも精神を無駄に浪費させる。精神力が無くなった瞬間、その人は死んだのも当然だ。まずは現状をありのまま見つめ、そしてそれを正しく捉えること、それがまず基本的な心理コントロールだ。
「コップに水が半分しか入っていない」でもなく、「コップに水が半分も入っている」でもない。「コップに水が半分入っている」と捉えなければならない。そうすることによって、思考に必要な精神を無駄にすり減らすことも無くなる。
そんなことをマクドナルドでハンバーガーをがっつきながら考えた。これは以前から決めていたことなので、今更取り下げることが出来なかった。
次にすべきことは自分の手持ちのカードを確認することだ。家に帰ると、オレはすぐに財布と冷蔵庫の中身を調べた。金銭面でいえば、千円札が4枚、五百円玉が1枚、百円玉が1枚、十円玉が2枚、1円玉が3枚、財布の中に入っていた。合計金額は4623円だ。食料に関しては、キャベツが半玉、玉ねぎが2玉、レタスが1玉、キュウリが1本、ソーセージが7本、牛乳が300ml、マーガリンが2/3ほどある。また冷凍庫にもほうれん草を茹でて冷凍してあるものが、1束、同じく冷凍してある食パンが2切れある。さらに、冷凍庫の奥には3か月前に買って以来冷凍してあるサバやサケの切り身などが潜んでいる。これらも利用することが出来るかもしれない。その他に塩と胡椒、ドレッシング、マヨネーズ、ケチャップなどの調味料類も揃っている。米も以前購入したばかりなので、まだふんだんに残っている。最低でも3食白飯だけでも給料日までには過ごせるだろう。さらに付け加えるなら贅沢品と医薬品だ。ペットボトルのアイスコーヒーを1本分と1/5ほど残っている。これで約1200mlほどだろうか。酒類は紙パックの梅酒が少し残っている。まあ、酒は普段飲まないので心配はないだろう。問題は煙草だが、今のところ残っているマルボロの本数は数えてみると14本だった。なので、ちょうど1日1本吸えばいいだろう。朝に家で吸ってそのまま家に置いておけば、会社で吸いたくなっても吸うことができない。薬を見てみると、精神病の薬は翌日の分から数えて6日分しか残っていなかった。睡眠導入剤ミンザイン錠は服用しなくても眠れる時があったので、そのまま溜めこんでいたら、今となっては24日分もあった。うまくこの薬を使いこなすことができれば、お金が使いがちな休日を寝て過ごすことも出来る。精神病の錠剤が足りないのは気がかりだが、最近は定時に帰れているし、早めに眠ればストレスも軽減されるだろう。本当に精神的に辛い状況になった時に、服用すればいいだろう。あと当然のことながら、自宅の電気・ガス・水道は通っている。日常生活に必要なインフラは整っているので、その点に関しては問題ない。ただ、インターネットがまた調子が悪くなり、接続出来ない状態に陥っている。これは自力でなんとかしなければいけない。
これらのカードを上手く使いこなして、2週間やりくりしないといけない。財布に入っていたキャッシュカードとクレジットカード、そして現金3千円は引き出しに閉まっておいた。
持っていると変に心が動かされ、使ってしまいたい誘惑に負けてしまいそうになる危険があったからだ。
これで手持ちのカードは何なのか、ほぼ把握できた。あとはこれをどう使いこなすかだ。あと、これから給料日までの2週間は、記録を事細かくつけていこう。これからの人生で壁にぶち当たった時の参考になるだろうから。
実を言うと、今のこの状況をオレは結構楽しんでいる。これからどうするか、どうしたらいいのか、それを自分で考えて自分のやり方で実践していくのが面白いし、このような経験は強く脳内に刻まれるから、忘れることもない。常に考えていないといけないから、その分密度のある生活を送れるという期待もある。
これからは毎日記録を書いていこう。そして、のちのちブログにも公開しよう。

2012/9/14 2日目
この日は二度寝してしまったので、朝食を抜いて会社に行った。
昼飯は白飯にゆかりをかけたものだ。
冷蔵庫で冷やしていたので、すっかり冷たくなってはいたが、この日はおいしかった。
空腹は最高の調味料と昔からいうしね。
会社を定時に上がると、風呂に入り私服に着替えた。
そして、近くのファミリーレストランに19時に間に合うように向かった。
19時からそこで取材の約束があったのだ。
地方新聞の記者をしている依頼人(追記:ブラック企業の実態を記事にするための取材を受けることになっていた)と予定時刻に会い、そのまま中に入る。
注文する際、依頼人に金欠なのでドリンクだけにしますと言ったら、「僕がお金を出すので好きなのを注文してください。その方がお互い気兼ねがないですからね」と言ってくれた。
「ありがとうございます!」とお礼を言い、カレードリアンを注文した。
相手も皿いっぱいのサンドイッチを頼んだ。
取材は1時間半にも渡った。
いろんなことが思い浮かばれ、この半年いろんなことがあったなあとしみじみ思わずにはいられなかった。
(2012年9月15日)